5-11 我がまま、上等です!
木の温もりを感じられる室内には、暖炉の隣に小さなキッチンと、窓際にはテーブルセットがあった。
奥の部屋が寝室になっているようで、ベッドがちらりと見える。
「シンシア、ステラが来てくれた」
ステラがクレイグとともにランドルに続いて寝室に入ると、ベッドには青白い顔の女性が目を閉じていた。
ステラと同じ小麦色の髪。その目元は落ちくぼんで、頬も肉をそがれたようにこけている。今にも死にそうというより、死体を保存していると言われてもおかしくない様相だった。
「この人がわたしの本当のお母さん……?」
「はい。君が話をしたいというのなら、時を動かします」
「でも、そんなことをしたら……」
「最後になると思いますが、成長したあなたをひと目見れば、シンシアも満足するでしょう」
ランドルはやさしい眼差しをシンシアに注ぎながら、愛しそうに彼女の頭をやさしく撫でた。
「ランドル、さんは……それでいいんですか? お母さん、今ここで死んじゃうんですよ?」
目の前の人を『お父さん』と呼ぶべきか、ステラは迷いながらも、結局口にはできなかった。
「本来ならば、十六年も前にその日は来ていたのです。私はすでに覚悟ができています。自然のことわりに逆らってまで、彼女に生きていてもらったのは、私の我がままでした」
「覚悟って……。お母さんが死んだら、あなたはどうするつもりなんですか?」
「最後に言葉を交わすことができたら、私も逝きます。私ももう限界だったのです。この三年、動くことのない彼女のそばにたった独りで居続けて……。彼女のいない世界で生きることに疲れました」
ランドルの表情はすがすがしいまでに穏やかなままだった。
死ぬことを微塵も恐れていない。魔族だからというより、彼の中ではシンシアとともに終焉を迎えることは、すでに決定事項だったようだ。
ランドルにとって娘であるステラの存在は、生きる目的には値しないらしい。娘のために生きる選択をしない時点で、ステラはやはりこの人を『お父さん』とは呼べないと思った。
(だからって、関係ない人って割り切ることもできないよ……)
最愛の人がそばにいても、言葉すら交わすことのできない長い年月をランドルは過ごしてきた。
それはどれだけ淋しいことか。知性のある魔族ならば、いろいろ考えることはあっただろう。彼女が死ぬのなら自分も、と考えてしまう気持ちは、ステラにも分からなくはない。
(わたしだって、あのまま先生が目を覚まさなかったら、どうなっていたのか分からないけど……それでも、これは何か間違っていると思う!)
「わたしは納得できません! 我がまま、上等です。自然のことわりなんて、どうでもいいじゃないですか。好きな人に生きていてほしいと思って、何が悪いんですか!?」
ステラの語気に気おされたのか、ランドルはびくりとしたように顔を上げた。
「わたしはお母さんっていう人を知りませんけど、あなたと一緒に死にたいなんて望んでいるとは思えません。人間っていうのは、生きることに貪欲でしぶといんです。お母さんはこんな状態になっていても、生きることをあきらめていないと思います!」
「ステラ……」
「お母さんはわたしの成長を楽しみにしていたんですよね? もっともっと先の未来まで見ていたいって思うのが普通じゃないですか?」
隣に立っていたクレイグが、ふっと笑う気配があった。
「俺もシンシアはそういう女性だったと思うぞ。生きることにひたむきで、自分の幸せのためならなりふりかまわない。好きな相手には種族の違いなど物ともせずに、まっすぐ突進していく。そうしてご主人様第一主義のお前を陥落したんだ。ステラはシンシアによく似ている」
「ご主人様……」
「ランドル、お前はただ逃げたいだけなんだろう。シンシアに迫られて、俺への忠誠との間で悩んでいた時と同じだ。あの時もいっそのこと、反逆者と罵られて、俺に殺されることを望んでいたな」
「それは――」と、ランドルは何かを言いかけて黙り込んだが、意を決したように再び口を開いた。
「しかし、あの時とは状況が違います。現実的にシンシアの身体は限界なのです。これ以上、私にどうしろと……!?」
「だから、そういう時は俺を頼れと言っただろう。自分でできないことなら、できる奴に相談する。そうやって人間はしたたかに生きていくんだ」
「先生、それって……」
ステラははっとクレイグを見上げた。
「俺も万能ではないからな。できることとできないことがある。特に人間の身体を取り戻した今、使える魔力にも限りがある」
「なら、先生ができることっていうのは……?」
「もしもの場合に備えて、人間に戻る前にシンシアの複製体を作っておいた。シンシアが衰弱したのは、もともと魔素欠乏症が原因だからな。魔素をたっぷり練りこみながら、できる限り健全な状態を再現してみた」
精神移行魔法――ステラとクレイグが使って人間としてよみがえった魔法を、シンシアにもかけられるということだ。
「さすが先生、やっぱり神様ですか!?」
シンシアが回復するかもしれない可能性が見えて、ステラは喜びにはじけていた。




