5-10 森の中の隠れ家
魔王城を出たステラは、クレイグの転移魔法で木々の生い茂る山の中に連れられてきた。
みっしりと空を覆う枝と葉が太陽の光をさえぎっていて、昼だというのに薄暗い。暑さに加えて肌にべたつくような湿気も気になる。
正直、どこなのかは分からないが、海に囲まれた小さな島にある魔王城の近くでないことは確かだ。
人間の身体を得た今、ステラにも普通に魔法がかかるようになった。おかげで、クレイグにおぶってもらって空を飛ぶ必要はなくなって、転移魔法でどこでも行ける。
クレイグの首筋に抱きついて、彼の背中の温もりを感じるのもよかったが、転移魔法を使う時に、ぎゅっと腰を抱き寄せられるのも悪くない。
「……ステラ、そのデレデレ顔は直らないのか?」
クレイグがあきれ顔を向けてくる。
「もう、もう、あまりに幸せすぎて……しばらくは直らないと思います!」
ステラは熱を込めて断言した。
「そういう喜んだ顔をしてもらえるのは、俺としてもうれしいんだが……」
クレイグは頬を染めて、戸惑ったようにうろうろと視線をさまよわせている。人間の身体になってから、以前よりずっと彼の表情は豊かになったと思う。
(こういう愛らしい先生も、たまらなく好きです……!!)
それでも、そろそろステラも表情を引き締めなければならない。
実の父であるランドルにはすでに会ったが、これから母親と初めて対面するのだ。
ステラを産んだ後、寝たきりになっているというシンシア。時を止めているおかげで、今は命をつないでいる。
正直なところ、ステラはどんな顔をして会っていいのか分からなかった。
ステラの核が破壊された今、シンシアの時を止めておく必要はなくなった。
このまま時を止め続けるか、それとも魔法を解除して自然の流れにゆだねるべきか。ここに来る前にクレイグに問われたことだった。
ステラは考えてみたものの、まだその答えは見つかっていない。
「ところで、お母さんたちの家はどこなんですか? 見たところ近くにないようですけど」
見渡す限りの樹木と、足元にはうっそうと茂る下草しかない。誰かが住んでいる気配もなく、そもそも道と呼べるものすらないのだ。
「こっちだ」
クレイグに手を引かれて向かったのは、立派な大木のもとだった。根元には苔が生えていて、かなりの樹齢がありそうだ。
クレイグは何のためらいもなく、その木に向かって歩いていく。そのままドカンと顔からぶつかりそうになって、ステラはとっさに目を閉じた。
――が、予想していた衝撃は来ない。
「え? え? ええ~……?」
目を開くと、そこは広場のように開けていて、丸太造りの小さな家が建っていた。薄暗かった森の中と違って、さんさんと明るい日差しが注がれている。煙突からは、白い煙が細く立ち上っていた。
「人間や獣除けに、この周りには結界が張られているんだ。なかなかよくできていて、俺でも見つけられなかった」
「でも、先生は見つけたんですよね?」
「先日ランドルに会った時に、追跡の魔法をかけておいたおかげでな。ちょうどさっきの木のところで、あいつの痕跡が途絶えていた。調べたら魔法をかけた形跡があったから、そこが入口だと分かったんだ」
「……つまり、先生はすでにここに来たことがあったんですね」
「君が仕事をしている間に。君の核がある場所をランドルに聞かなくてはならなかったし、シンシアの様子も見ておきたかったし」
魔王城に行く前、オズワルドに馬車馬のごとく働かされた午前中のことだった。
「オズワルドさんのせいで、わたしは一緒に来られなかったんですね……!!」
恨めしげな声を上げるステラを、クレイグは「まあまあ」となだめる。
「そう恨まないでやってくれ。俺一人の方が動きやすいだろうと、気遣ってくれた結果だ」
「た、確かに、わたしが一緒だと転移魔法が使えなかったですよね……」
「けど、これからはこうしていつでも一緒に移動できる」
クレイグにやさしい笑顔で頭を撫でられて、ステラの斜めになっていた機嫌は瞬時に直っていた。
(先生が甘やかしてくれる……!!)
ステラの顔は再び崩れてしまうところだったが、はっと我に返った。
「……あ、それで、お母さんは……?」
クレイグはステラの問いには答えず、木の扉をノックした。
すぐに中から扉が開かれて、やつれた顔をしたランドルが姿を現した。その目が驚いたように見開かれる。
「ご主人様、ついに目的を果たしたのですね」
クレイグの身体がすでに魔族ではなく、人間になっていることに気づいたようだ。
「ああ、ようやく念願が叶った」と、クレイグは目を細めてうれしそうに微笑んだ。
「ステラもよく来てくれました」
ステラは何と答えていいのか、どんな顔をしていいのかも分からず、顔を強張らせたまま黙ってうなずいた。
それからランドルは「どうぞ」と、ステラとクレイグを家の中に招き入れた。




