5-8 崩落、再び
暗闇の中に閉じ込められて、どれくらいの時間が経ったのか――。
ステラから少し離れたところにぽうっと光が浮かび上がって、人形が現れた。
肩までの小麦色の髪、若草色の瞳に凹凸の少ない華奢な体つきと、まるで鏡を見ているように自分とそっくりだ。
これは見たことがある。魔王城の謁見の間に置かれたベッドの上で、クレイグが造ってくれたもの――。
「わたしの複製体!」
(これに入れば、わたしは人間として目が覚めるんだわ!)
ステラはすくっと立ち上がって、自分の複製体に向かって突進していった。しかし、ひょいっとかわされてしまう。
「どうして逃げるの!? それはわたしの体なのよ。おとなしくわたしに渡しなさい!」
「何を言っている? わたしはわたしだ」
複製体は眉根を寄せて、怪訝そうにステラを見つめていた。
まじまじと見返すには、相手は素っ裸なので、自分の体とはいえ直視しづらい。
今さらながら、ステラ自身も服を着ていないことに気づいた。
(こんな姿、先生には見せられない……!! なんて考えている場合じゃなくて――)
「ちょっと、ちょっと、ちょっと……? 複製体って、意思を持っているものなの?」
生意気じゃない、とステラはむっと口を尖らせた。
「貴様こそ何者だ?」
「わたしが本物のステラよ! あなたこそ偽物なんだから、さっさと消えて、わたしにその体を渡しなさい!」
「貴様が何を言っているのか、わたしにはさっぱり分からない」
「それでとぼけているつもり!?」
淡く光る複製体は、ステラの話を聞いているのかいないのか、この暗闇の中をきょろきょろと見回している。
「それにしても、ここは不思議な場所だな。あれほど魔素がほしくて気が狂いそうだったのに、今はそれがない」
複製体はつぶやくように言って、感慨深げにほうっと息をついた。
「わたしもあなたが何を言っているのか、さっぱり分からないわ」
二人で顔を見合わせて、「うーん」と唸りながら首を傾げた。
「そういえば――」と、複製体が口を開く。
「わたしはどうやら『核』というものだったらしい。体を持つ予定ではなかったと、あの男が教えてくれた」
「あの男って?」
「クレイグとか名乗っていたな」
「先生を呼び捨てにするとか、失礼でしょ! ……て、そんなことより『核』って、魔物や魔族の体にあるあの核? この場合、わたしの身体の中にあった核ってこと?」
「さあ、それは知らない。目を覚ましたら、魔素の塊のような男の前にいた」
飄々と答える自分と瓜二つの相手に、ステラはカチンとくる。
「それがクレイグ先生だから! つまり、あなたはわたしの中にあった核ってことね。うん、それで間違いないわ」
「それを知ったところで、何がどう変わる?」
あどけない子どものように好奇心全開で問われたが、ステラにもその答えは分からない。
「ええと、ええと……少なくともあなたはわたしが生まれた時から身体の中に存在していて、もともと人格を持つ予定はなかったってことよね?」
「おそらく」と、ステラにそっくりな『核』はうなずく。
「つまり、優先権はわたしにあるってことよ。わたしは複製体に精神を移して、人間としてこれから生きる予定なの。はっきり言って、あなたはいらない存在なの」
「貴様はあの世界で生きたいのか?」
意外そうに聞かれることが、ステラには理解できない。
「当り前じゃない。こんな若さでまだ死にたくないよ。先生ともっと一緒にいたいもの。できれば寿命が来るまで、先生とハッピーライフを送りたい」
欲望をダダもれにするステラに対して、『核』は「そうか……」と考え込むように顎に手を当てた。
「その……あなたには悪いと思うけど」
自分の一部ともいえる相手にひどい言い方をしてしまった気がして、ステラは気まずくなった。
「いや、謝る必要はない。わたしはあの世界が好きではない。ここにいられるのなら、その方が穏やかに過ごせる」
「そうなの?」
「その複製体とやらに入るのなら、貴様が一人で行くがいい」
「そうしたいのはやまやまなんだけど……ここに閉じ込められていて、その方法が分からないの」
「それはわたしにも分からないが……」
二人同時に腕を組んで首をひねった。
まるで鏡合わせのように、いちいち仕草が重なる。そんなところを見ると、この『核』もステラの一部だということを認識せざるを得ない。ついでに頭の作りまで基本的に同じなのか、打開策はお互いにまったく出てこなかった。
(三人集まれば良い知恵が浮かぶってよく言うけど、その内の二人が同じ頭だと、人数がいたところで何も変わらないと……)
そうこうしているうちに、地震が起きたように足元がガタガタと揺れ始めた。
「え、なに……!?」
足元を見ると亀裂ができていて、その隙間から光がもれてくる。
地面から壁に向かって蜘蛛の巣のように広がる亀裂は、ダンジョンが崩壊した時のことを思い起こさせた。
暗闇だったそこにまぶしい光が満ちたかと思うと、足元がガラリと音を立てて崩れた。
「きゃあぁぁぁ!」
ステラは悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちていった。
(こ、こんな時は風の魔法で……!!)
ダンジョンで落ちた時と同様、風のクッションを作ろうと、とっさに魔法を連発していた。




