5-7 真逆の存在(クレイグ視点)
「ほう……」と、核から造られたステラは、興味をそそられたように目を細めてクレイグを見つめた。
「貴様のその魔素はすごいな。うらやましいくらいだ。わたしは喉が渇いている……? 腹が減っている……? この忌々しい封印のせいで、魔素をうまく吸い込めない」
ステラは不満そうに顔をしかめて、胸元をかきむしるように押さえた。
半魔だった時と同じく、心臓の辺りに核が収められているらしい。
「なるほど、それが核としての君の本質か」
彼女は魔素を消滅させるためだけに生まれ、世界を滅びに導く存在。本能的に魔素を欲している。
一方で、クレイグは魔素を取り込み、放出することで、魔素濃度を一定に保って世界の秩序を守る者。
真逆ともいえる存在だった。
「それがどうかしたか?」
怪訝そうに眉を上げるステラに、クレイグは「いや」とかぶりを振った。
「それほど魔素がほしいなら、ほしいだけくれてやろう。受け取れ!」
クレイグはステラに向けて右手を掲げると、次々と最強の攻撃魔法を繰り出した。
光の速度で走る輝く矢。
一瞬で何もかも燃やし尽くす白焔。
すべてを凍りつかせる絶対零度の冷気。
そのどれもこれもステラの体に届く前に、武器の形を維持することができずに霧散してしまう。
膨大な魔素がステラに向かって流れていった。
しかし、彼女が体内に取り込むことができるのは、そのごく一部でしかないらしい。
封印のせいで魔素をうまく吸収できないことに、ステラは次第に苛立ちを見せ始めた。
「これほど魔素があふれているのに、なぜだ……!?」
「その封印、その体になっても己で解くことはできないようだな」
「腹立たしい……!!」
まるで封印を施したのがクレイグだと言わんばかりに、ステラは憎々《にくにく》しげに睨みつけてくる。
その間にもクレイグは攻撃の手を緩めることはない。
ステラが期待するほどには魔素を吸い込めていないのだろうが、結界内の魔素自体は確実に減っている。
人間が入ったら、即魔素欠乏症に陥って、命の危険にさらされるレベルだ。
そろそろクレイグを形作る魔素を使う段階に入るはず。
ところが、クレイグの核は自らの体を保つことを優先して、目の前にある魔素の塊――ステラのまとう魔素を吸いこみ始めた。
「貴様、魔素をくれてやると言いながら、わたしの魔素を奪うのか……!?」
ステラは目を剥きだしにして、魔素を奪われまいとするように自身の体を抱きしめた。
「もともと君を魔族として復活させるつもりはなかったからな。ただの核に戻ってもらおう」
(こんなステラは、俺の知っている彼女ではない。消えてくれた方がマシだ)
クレイグが攻撃を仕掛けるたびに、ステラの体は徐々に色を失い、透けていった。
彼女の核が再び肉体を得るには、周囲の魔素がすでに少なすぎる。
やがて彼女の体を形作るすべての魔素は飛散して、クレイグに流れ込んできた。
彼女の羽織っていたマントとともに、こぶし大の結晶がころりと床に転がる。
「さて、最後の仕上げだ」
クレイグは核を拾い上げて、封印のほころびに向けて再び魔素を注ぎ込んだ。
普通の魔族であれば復活したかもしれないが、ステラの核はその魔素のほとんどを消滅させてしまう。核が再び人の姿を取るほどの魔素は、クレイグにももう残っていなかった。
クレイグの肉体が魔素を失って薄くなっていく。
クレイグの核も周りからボロボロと剥がれ落ちて、魔素の粒子としてステラの核に流れ込んでいった。
クレイグの核は次第に小さくなりながらも、かろうじて人の姿を保ち続けていた。保ち続けなければならない。
ステラのようにただの核に戻って人格を失ってしまっては、魔法を使えなくなる。そのギリギリの線を見極めなければならなかった。
(あと少し……あと少しで精神を核から切り離せるはず――いまだ!)
ここからはタイミングが命になる。
クレイグはまず、残り少ない魔力を全部使って、自分とステラ、両方の精神を複製体に移す精神移行魔法の魔法陣を足元に描く。
その魔法が発動する寸前、ステラの核の封印のほころびに短剣を突き立てて、粉々に破壊した。
「結界を解除しろ!」
最後に四人の配下に命じた。
ステラの精神は彼女の核を破壊した今、宿る場所を失って、間違いなく複製体に移せたはず。一方で、クレイグの方は精神を切り離せるほどに、十分弱体化していたのか定かではない。
(とりあえず、ステラだけでも人間として目覚めてくれればよしとしよう)
少なくともそれで世界は救われるのだ。
クレイグの方は最悪失敗したところで、また魔族として目を覚ますだけのこと。
配下たちに結界を解除させた今、クレイグの核は再び世界の秩序を守るために、失った魔素を補充し始める。
(その核は俺のものなのか、それとも別の人格をもって生まれ落ちるものなのか――)
次に目を覚ました時、魔族か人間、そのどちらであっても、真っ先に彼女の告白への返事をしよう。
クレイグは最後にそんなことを考えて、意識を手放した。




