5-6 ステラの核(クレイグ視点)
ステラの核がクレイグの手から離れてふわりと宙に浮いた。それは黒く染まった魔素を吸いこみながら、ゆっくりとその形を変えていく。
「なるほど。魔素を消滅させる前に、肉体を得ることを優先するか」
それはクレイグが自分の核から魔族を造る時に、何度も見た光景だった。
ただの結晶だったものが肉の塊をまとい、人間の赤子が成長するように変化していく。
手足が長く伸びて、頭には小麦色の長い髪がふわりとなびいた。
両ひざを抱えて丸まっている体は、やがてクレイグの知るステラの姿に変わっていった。
それでも魔族を一体造るより、はるかに大量の魔素を消費しているのが分かる。彼女の肉体を形成するのと同時に、消滅していく魔素の量が凄まじい。
シンシアという母体の中で同じことが起こっていたと考えると、妊娠中に命を落とさなかったことの方が驚きに値する。
(さすがシンシアといったところか)
魔素を大量に供給できるランドルが近くにいたことも、功を奏したのかもしれない。
ステラは強大な魔法使いと魔族がいてこそ、生まれた奇跡の存在だった。
クレイグは魔素を注いで、注いで、注ぎ続けて――ややあって、ステラはひざを抱えたまま、ゆっくりと目を開いた。
若草色の双眸は、間違いなくクレイグの知っているもの。核からこの姿が造られたということは、ステラの精神は間違いなく核に宿っている。
クレイグは安堵の息をもらしながら、魔素の放出をいったん止めて、宙から取り出したマントをステラのむき出しの肩にかけた。
「ステラ、俺が分かるか?」
ステラはカッと目を見開いたかと思うと、マントに包まりながらふわりと飛びのいて、クレイグと距離を取った。
その鋭い目に浮かぶのは、野良犬のような警戒心。まるで怪しい人物を目にしたかのように、敵意にも似た不信感をあらわにしていた。
「貴様は誰だ? いや……見たことはある気がするな」
彼女の胡乱げな目つきは、今までステラがクレイグに向けていたものとは明らかに違う。いつも明るく元気だった口調も冷ややかで、そこに感情が乗っていない。
姿は何一つ変わっていないのに、まるで別人だった。
クレイグは落胆のあまり、めまいを起こしそうになった。
彼女の精神が、記憶が、完全には核に残らなかったようだ。
(ステラは……俺を好きだと言ってくれたステラは、もうどこにもいないのか……?)
彼女の父親はランドルで、その核はクレイグの核から切り出したもの。だからこそ配下の魔族たちと同様に、ステラも無条件に好意を寄せてくるのだと思っていた。
恋情ではなく、敬愛や親愛の念だと。
しかし、彼女の魔族としての核は、クレイグに対して好意どころか、近寄ろうとすらしない。
ランドルの核とは別物だった。
(俺はなんて愚かなことをしたんだ……)
クレイグに好意を寄せてくれたステラは、間違いなく人間の部分だったというのに。そんな彼女の心を、この手で殺してしまった。
「クレイグだ。その名に覚えはないか?」
それでもと、すがってしまう自分に苦笑しながらも問いかけていた。
ステラはとっくりとクレイグを見つめ、それから小首を傾げた。
「覚えがある気もするが、はっきりしない」
「多少なりとも記憶は残っているのか」
魔族として復活したステラは、人間だった時の記憶も、人間らしい感情も失っている。このステラの精神を複製体に移したところで、以前のようなキラキラした目で自分を見つめてくることはないだろう。
(それでも――あきらめてたまるか!)
このまま計画を成功させて、互いに人間に生まれ変わったところで、ステラとは出会いからやり直せばいい。
もう一度好きだと言ってもらえるまで、何度でも愛していると告げよう。
今までためらっていてできなかった分、たくさん甘やかして、やさしい言葉をかけて、彼女を笑顔にしてやろう。
クレイグは心に決めて、改めて目の前のステラに向き直った。
「さあ、君には俺の魔素を奪ってもらおうか」
***
自分が何者かも分からない少女は、暗闇の中をひたすらさまよっていた。
右へ左へ、前へ後ろへ。
どちらに足を向けても、数歩先で壁にドカンッとぶつかってしまう。
(もう、何なの!? ここはどこなの!?)
『ステラ』と呼ぶ声が聞こえて、自分の名前がステラだということを思い出した。
何度も何度も呼びかける低くつややかな声は耳に心地よく、いつまでも聞いていたいと思ってしまう。
知っているはずの声なのに、誰のものなのか思い出せない。
『クレイグだ。その名に覚えはないか?』
問われて、ステラの意識は覚醒した。
「もちろん知っています! クレイグ先生!」
ステラは叫んだが、その声は暗闇の中に吸い込まれていくだけだ。
「先生、そこにいるなら助けてください! わたし、ここから出られないんです!」
クレイグの返事の代わりに聞こえたのは――
『覚えがある気もするが、はっきりしない』という冷ややかな女性の声だった。
(先生、誰かとお話し中? それも女性と?)
胸がモヤモヤするのでつい耳をそばだててしまうが、なんだか盗み聞きをしているようで気が引ける。
結局のところ、それ以降は何を話しているのか、内容までは聞き取れなかった。
(……そもそもわたしは何をしていたんだったっけ?)
「うーん、うーん」と首をひねりながら記憶をたぐり寄せて、ここで目を覚ますまでの間のことを思い出してみる。
真っ先に頭に浮かんだのは、黒いロングジャケットをまとった凛々しいクレイグの姿だった。
(あれは素敵だった~!! まるで本物の魔王様のようで……いえ、学園長先生の気品あるローブ姿も捨てがたいけど!)
そこからずるずると芋づる式に記憶がよみがえって、クレイグの造ってくれた複製体に自分の精神を移すところだったことを思い出した。
(先生の手がこう……ブスッとわたしの胸に刺さって――)
思い出して、ずきりと胸に痛みが走った。
反射的に手をやってみたが、特に傷らしいものはない。
(とりあえず、わたしはあの時に死んだとして……ここにいる『わたし』が複製体に移す『精神』っていうものなのかな?)
たぶんそうなのだろうと、ステラは納得した。
「あのう、先生? わたしはどうやったら複製体の方へ移動できるのでしょうか?」
おそらく返事はないと分かっていながらも、聞かずにはいられなかった。
文字通り、どこにも行けない八方ふさがりなのだ。
ステラはため息をついて、その場に座り込んでひざを抱えた。
(とりあえず、待つ以外にわたしにできることはないと……)
***




