4-5 魔素を吸いつくす怪物
「ステラを迎えに来なかったということは、シンシアはその後も回復しなかったということか?」
ランドルの話を聞き終えて、クレイグが静かに問いかけた。
ランドルが無念そうにひざの上の拳をぎゅっと握りながらうなずくのを見て、ステラはとっさに尋ねていた。
「でも、お母さんはまだ生きているんですよね!?」
「はい。もう後がないと分かった時点で、彼女には時間停止魔法をかけました」
「時間停止魔法……さっきクレイグ先生が使っていた?」
ステラがちらりとクレイグを見やると、彼は無言のままうなずいた。
「最初は毎日少しずつ目覚めさせていました。それが一年に一回、ステラの生まれた日だけになって――そうして残り少ない時間を節約して、十六年が経ったのです」
「そんな……」
ステラはそれ以上何も言えず、口を両手で押さえた。
「シンシアが目覚めるたびに、私が見たステラの姿を魔法で再現してやりました。成長していく姿を見て、うれしそうに笑っていたものです。ステラに会いたいのではないかと、何度も聞きましたが、今の家族と幸せに暮らしているのなら、それを邪魔したくないと――」
「どうして……!? わたし、三年前には今の両親とは血のつながりがないって、知っていたんですよ。どうして会わせてくれなかったんですか!?」
ステラはランドルをなじりながら、目に涙があふれてくるのを感じた。
(わたしは何を矛盾したことを言っているんだろう……。会いたいなんて、ついさっきまで思いもしなかったくせに)
こんな風にランドルを責める資格はないと分かっていながら、やり場のない気持ちを誰かにぶつけずにはいられなかった。
「すみません。私にもどうしていいのか分からなくなっていて……」
頭を落とすランドルを見て、ステラは後ろめたい気持ちで唇をかみしめた。
慰めるようにクレイグの手がやさしく肩に置かれて、ステラはやはり涙を止めることはできなかった。
「ランドル、シンシアにステラの姿を見せていたということは、ステラの近くで見守っていたんだろう。長いこと姿を見せなかったのに、なぜ三年前になって接触した? そのせいでステラは、家族と血がつながっていないことを知ったんだぞ」
「確かにステラのことは時々遠くから見ていました。だからあの日、気づいてしまったのです。ステラの身体に向かって魔素が流れていることに」
「そういうことか」と、クレイグは瞠目してコクリと喉を鳴らすが、ステラには意味が分からなかった。
「魔素が流れる? どういうことですか?」
「君の身体の中にある核の封印が解け始めているということだ。今この時も、君は少しずつ魔素を取り込んでは消滅させている」
クレイグは丁寧に説明してくれたが、ステラにはまったく自覚がない。
「どうして急にそんなことが? 三年前までは違ったってことなんですか?」
「そういうことになる。君の核を封印したのはシンシアだ。彼女が死んだ時、封印は完全に解かれるのだろう」
「その通りです」と、ランドルは苦渋の色がにじんだ顔を見せた。
「シンシアに残された時間がもうないことを知りました。次に時間停止魔法を解除したら、おそらくそれが最後になるでしょう。ですからこの三年、シンシアの時は動かしていません」
「封印が解かれると、わたしはどうなるんですか……?」
クレイグとランドル、ステラがどちらともなく尋ねると、クレイグの方が答えた。
「シンシアの体内にいた時と同じように、君の核は周囲の魔素をすべて吸いつくして、世界を滅ぼす」
「そ……そんなの、言葉通りの怪物じゃないですか……!! そんなのイヤです。封印が解けそうなら、もう一度魔法をかけ直せばいいじゃないですか!」
「あいにく君にはどんな魔法も効かない。おそらく赤子の時は、シンシアという母体の中で彼女の一部だったからこそ、かけられた魔法だったんだろう」
「そんな……。じゃあ、わたしは魔素を吸い続けて、世界を滅ぼす存在になるしかないんですか……?」
クレイグは憐れみを込めた目でステラを見ただけで、否定の言葉はその口から聞けなかった。そして、ステラの問いかける視線を避けるようにランドルの方を見た。
「ランドル、それでステラを俺に会わせるように仕向けたのか?」
「はい……。世界の魔素を司るあなた様なら、何とかできるのではないかと」
「お前はバカか……!! ならば、どうしてもっと早く俺に相談しなかった!? ステラが生まれた時でも、シンシアがそこまで弱る前も。十六年もあったのに、なぜ俺のところに来なかった!?」
クレイグがこんな風に声を荒げるのは、初めて聞いた。
取り返すことのできない時間は、彼でもどうしようもないのだろう。そのもどかしさや悔しさがその声に表れていた。
「私は忠誠を裏切って、あなた様のもとを去りました。どのような顔でもう一度お会いしたいなどと言えるでしょう」
ランドルは硬い表情で淡々と言葉を紡ぐ。魔族にとってそれがどれだけ恥だったのかを戒めるように。
クレイグの方から会いに来てくれることを、ただひたすらに待っていたのだ。
「シンシアと出会って少しは人間らしくなったかと思えば、結局はそれか。だから、魔族は嫌いなんだ。忠誠が何だ。俺はそんなものを望んだことは一度もない。勝手に忠誠を掲げて、どうしてお前は一番大切なものを失うようなことをしたんだ!?」
「申し訳ございません」と、ランドルは頭を下げるばかりで、ひと言も反論しない。
魔族はやはり人間と考え方が違う。もともと人間だったクレイグも、それをよく知っていたようだ。
クレイグはフンと鼻を鳴らして大きく息をつくと、言いたいことを言ってすっきりしたのか、落ち着いた様子で口を開いた。
「しかし、これでステラの特殊能力について知りたいことは分かった。俺が攻撃すれば、俺の魔素を極限まで消滅させられるのは間違いないだろう」
「で、でも、それで先生は人間の身体を取り戻せるかもしれませんけど、わたしをこのままにしておいていいんですか? 遠くない未来、世界が滅んでしまうかもしれないんですよ。最初から人間の身体で長く生きるつもりはないってことですか?」
「まさか」と、クレイグは眉を上げた。
「俺は普通に結婚して、家族を作って、孫やひ孫に囲まれて死ぬくらいには長生きするつもりでいる」
「つまり、何か解決策があるんですね?」
「策がないことはないが、正直あまり気が進まない」
クレイグは思案げに口ごもって顎に手を当てた。
「この際、先生個人の気が進まなくてもいいじゃないですか! それしか方法がないなら、やるしかありません。先生がこれから生きていく世界がなくなってしまったら、それこそ本末転倒ですよ!」
「君がそのつもりなら、考えておこう。話は明日だ。あまり遅くなると家族が心配する」
「この世界の命運がかかっている時に、うちの家族の心配より、話が先じゃないんですか!?」
「とりあえずシンシアが生きている間は、君の封印が完全に解けることはない。慌てなくても時間はある」
「そ、それはそうですけど……」
ステラの方はこれで家に帰っても、気になって眠れそうにない。それくらいなら、今すぐにでも行動に移したいと思ってしまう。
時間があると分かっていても、焦りが先に立って、いてもたってもいられない気分なのだ。
「急いては事を仕損じるというだろう。やるからには、俺も完璧な計画で臨みたい」
ステラが不満を言い続けたところで、クレイグが譲ってくれるようなことはなかった。
「ランドル、お前はシンシアのもとへ帰れ。俺が許可するまで、シンシアの時を動かすな」
「御意」と、ランドルの返事とともに足元に白光りする魔法陣が現れて、瞬く間にその姿を消した。
「さあ、俺たちも帰ろう」
ステラは口を尖らせたまま、背中を見せるクレイグの首筋に腕を回した。




