4-4 ことわりに反する存在(ランドル視点)
腹に子ができたと分かった時、シンシアはとても喜んでいた。
「わたしたちが愛し合った証しをこの世に残せるわ」――と。
そんな証しを何のために、誰のために残さなければならないのか。魔族として永遠にも近い時間を持つランドルには、理解しがたかった。
ランドルにとって大事なのはシンシアだけで、赤子に興味はない。そもそも魔族は子孫を残すという習慣がないのだ。
それでもシンシアの幸せそうな笑顔を見られるのは悪くないと思っていた。
それから三か月ほどが経った頃、ランドルは赤子の体内に小さな黒い核ができていることに気づいた。それは魔物や魔族と同じもの。
赤子は魔族として生まれるのか。それにしては、赤子の身体は魔素ではなく、人間の肉体で作られている。
その核はシンシアの魔素を取り込みながら、赤子の成長に合わせて次第に大きくなっていった。
それにともない、シンシアは魔素欠乏症となって意識を失うことが多くなった。魔法薬なしでは、まともな生活もできなくなっていた。
核は大きくなるほど、シンシアの身体からだけでなく、大気中の魔素も取り入れ始めた。
魔素の塊ともいえる魔族のランドルがそばにいるというのに、シンシアの周りはいつも魔素が薄い。それどころか、赤子はランドルからも魔素を奪っていく。
ランドルは失った魔素を補充するため、頻繁に魔素たまりに通わなければならなくなった。
その後、核の成長は赤子の心臓ほどの大きさで止まったが、まだ魔素を吸い続けている。
この有り余るほどの魔素は、赤子の身体のどこに使われているのか――。
そこで二人は初めて、我が子が魔素を取り入れては消滅させていく存在だということに気づいた。
「我々が子を持つことは、自然のことわりに反することだったのだ。だから、このような存在を生み出してしまった。このまま産ませることはできない」
ランドルの命ともいえる魔素を消滅させる存在は、自分を造り出した最強の主人より恐ろしいものになる。潜在的な恐怖がランドルを震わせ、赤子への殺意をかり立てた。
しかし、シンシアは衰弱していても必死に抵抗して、赤子を殺すことを許さなかった。
「この子に罪はないわ。問題なのは核だけでしょう」
すべての元凶は赤子の中にある核。その核を壊せば、普通の魔素の粒子となって大気中に流れていく。もともと人間の身体に核は存在しないのだから、壊したところで問題なく育つはずだと。
ランドルも理解したところで、シンシアの体内の核へ向けて魔法を放った。
しかし、全く効かない。
破壊することができないのなら、転移魔法で核を取り出そうと試みたが、それも機能しない。魔素を取り込まないように遮断する結界で封じようとしても、まったく効果がない。
どうやら魔法はすべて魔素として吸収されてしまうようだ。
「体外からの魔法がダメだというのなら、わたしがやってみるわ」
シンシアが魔法薬を使って最大限まで魔力を増やしたところで、魔法をかけた。赤子の核を破壊することまではできなかったものの、とりあえず核を封じることには成功した。
おかげで、ランドルの魔素が奪われるようなことはなくなって、平穏な日常を取り戻せたかに思えた。
ところが、それからも赤子は母体を通して得られる魔素を極限まで奪いつくして、シンシアの魔素欠乏症が収まることはなかった。
日に日に衰弱していくシンシアを見ていると、やはり殺した方がいいのではないかと、ランドルの心は揺れた。核が封印できた今、赤子の肉体を滅ぼすことはできるのだ。
「これはもう、生まれるまでの辛抱よ」
シンシアはランドルの懸念を取り合わず、どこまでも気丈に振る舞っていた。
そうして悩み、迷いながらも、赤子は半年ほどで無事に生まれた。
人間の赤子よりもかなり早い出産だったが、十分な大きさと欠陥のない身体を持っていた。
「これで君の魔素が奪われることはなくなった」
シンシアを失う恐怖から解放されて、ランドルはようやく安堵していた。
「ええ、そうね」
シンシアも喜んでいて、生まれた女児には『ステラ』と名付けた。
しかし、それを最後にシンシアは寝たきりの状態となってしまった。
当初は産後の疲れだろうと思っていたが、三日経っても十日経っても、シンシアは一日のほとんどを眠って過ごしていた。目覚めた時に食事をとらせようとしても、なかなか喉を通らない。
妊娠中に魔法薬を多用したことが原因か、シンシアは魔素をほとんど吸収できない身体になってしまっていた。
乳がほしいと泣きわめく赤子を抱えて途方に暮れたランドルは、シンシアの友人だった女性のもとにステラを連れていった。
いつか迎えに行くと約束して――。




