4-3 どうしてここに先生が?
(ど、どうして先生がここに!? まさかわたしに会いたくなって来てくれた……なんてことはなさそうだけど)
クレイグの目は客の男に向けられていて、ステラは視界にすら入っていないようだ。
「ようやく見つけた。まさかレジカントに来るとは思わなかったが、念のためにトラップを仕込んでおいてよかった」
「ご主人様……」
客の口からこぼれた小さな声で、ステラはすぐに気づいた。
(この人、先生の配下の魔族なんだ!)
「せ、先生……?」と、ステラは思わず立ち上がっていた。
ステラがそこにいることに初めて気づいたのか、クレイグは驚いたように目を丸くした。
「ステラ、ここにいたのか」
「ちょうど食事をしていたところで……」
突然現れたクレイグに、他のみんなも驚いているだろうと思ったが、家族ももう一組の客も微動だにしない。声も聞こえない。
ブルーノはまな板に向かって包丁を握ったまま、ロニーは寸胴鍋をかき回している。ローザは流しで台拭きを洗っているところだった。
みんな何か話しかけるように、口が半開きになっている。鳥肌が立つような奇妙な静けさが漂っていた。
(まさか、時間が止まっている……!?)
「店に迷惑をかけるつもりはない。すぐに立ち去るから心配しないでくれ」
「そうではなくって……。その人って、もしかしてランドルさんなんですか?」
「そうだ。知っていたのか?」
「先生が捜しているって、オズワルドさんから聞いて……。わたしの本当のお父さんなんですか?」
ステラがランドルを見上げると、彼は無言のまま小さくうなずいた。
「それなら、先生はわたしのことについて話を聞くつもりなんですよね?」
「オズワルドが余計なことを言ったな」
クレイグの眉間が不機嫌そうにきゅっと寄せられる。
「わたしも同席してはダメですか? ランドルさんには会って話をしてみたいと思っていたんです。お母さんの話も聞きたいです」
クレイグはつかの間考え込むように黙ったが、ややあってため息をついた。
「君に関係することだからな。自分の耳で聞いた方がいいだろう」
店の扉を開くと、喧騒が一気にステラの耳に飛び込んできた。
夕暮れ時の茜色に染まる空のもと、たくさんの人が何事もなく行き交っている。
どうやら時間が止まっていたのは、『香味亭』の中だけだったらしい。
(ほんと、わたしには外からの魔法が効かないんだ……)
ステラとクレイグ、ランドルが連れ立って外に出た時点で、店の中の時間も動き始めた。
「わたし、ちょっと出かけてくるね!」
ステラは店内に向かって声をかけた。
「え、こんな時間に!? どこへ!?」
厨房からローザの素っ頓狂な声が飛んでくる。
「あんまり遅くならないようにするから、心配しないで」
「気をつけてよ!」
ローザの声を背後に聞きながら、ステラは扉を閉めてクレイグに向き直った。
「ちなみに、どこへ行くんですか?」
「君が一緒だと転移魔法が使えないからな……」
クレイグは困ったように一つ息をつく。
「す、すみません! いつもいつもご迷惑おかけします!」
「ほら」とクレイグに背を向けられて、その背中におぶってもらう。
「ランドル、ついてこい。逃げようとしてもムダだからな。どこに逃げても追跡できるように、魔法をかけてある」
「いえ、逃げるつもりはございません。こうしてあなた様にもう一度お目にかかれる日を待っていたのは、私の方ですから」
クレイグは小さくうなずくと、ステラを背負ったままふわりと宙に舞い上がった。その後ををランドルがついてくる。
また魔王城まで行くのかと思ったが、目的地はレジカントの城壁を越えて少し進んだところにある、小高い丘の上だった。
話をするために、ひと気のない場所を選んだだけのようだ。
「ランドル、シンシアはどうした? 一緒ではないのか?」
ランドルはここに着いた時から地面に片ひざをついて、クレイグと顔を合わせないようにしているのか、こうべを垂れている。
「今は人間からも魔素たまりからも離れた山の中で一緒に暮らしています」
「元気にしているのか?」
ランドルは一瞬ためらったように止まって、それから答えた。
「彼女の命は残り少ないとだけ」
名前だけ聞いていた母親がもうすぐ死んでしまう。その事実にステラの胸はぐしゃっと押しつぶされたような気がした。
本当の母親の存在を知ったのは三年前。ステラのことなど忘れて、どこかで勝手に生きていると思っていた。特に会いたいとも思わなかった。
自分の出生について知ったのが昨日。たった一日で、いつの間にか会ってみたい人に変わっていた。
会えると思って疑っていなかった自分に気づかされる。生きていて当たり前だと、どこかで思っていた。
「病なのか?」
クレイグが問いかけると、ランドルは非難めいた眼差しをちらりとステラに向けてきた。
「二人で身を隠して暮らし始めて一年ほどが経った頃、シンシアが身ごもりました。しかし、腹の子は彼女の魔素を吸いつくす怪物だったのです」
(怪物って……)
実の父親どころか、魔族からそんな風に呼ばれるとは。
ステラは顔から血の気が引くのを感じたが、クレイグがなだめるようにやさしい視線を投げてきた。
「人間の赤子は母体から栄養と魔素を得て育つ。それは普通のことではないか」
「いいえ。シンシアは食事だけでは十分な魔素を得ることができず、慢性的に魔素欠乏症の状態になっていました」
「魔素欠乏症? お前が近くにいて魔素酔いするなら分かるが……」
クレイグは怪訝そうに眉をひそめた。
「間違いございません。シンシアは毎日のように魔法薬を飲ませなければ、赤子どころか彼女自身の命も危うい状態だったのです」




