4-2 三年ぶりに会う客
「ただいまー」
ステラが仕事を終えて家に戻る時間、『香味亭』は夜の営業を開始しているが、夕食には少し早い。今日はテーブル席に一組と、カウンターに一人の客が座っていた。
「おう、ステラ、帰ったか」
「おかえり、姉ちゃん」
カウンターの向こうで料理している養父のブルーノと、その手伝いをしている弟ロニーが口々に返してくる。
テーブルを拭いている養母のローザもステラに気づいて、「おかえりなさい」と笑顔を向けてきた。
「すぐにメシでいいか?」と、ブルーノが聞いてくる。
ステラはカウンターのイスに座りながら、「うん、お願い」と頼んだ。
店が混む前に食事を終えるのはいつものこと。この時間を外すと席がいっぱいになってしまうのだ。
客ではないステラがゆっくり座っているわけにはいかない。家族の方は開店前にすでに食べ終わっているので、自分の部屋で独り淋しく食事をしなければならなくなる。
今夜の夕食はチキンのソテーにトマトソースをたっぷりかけたもの。付け合わせはローストしたジャガイモと生野菜のサラダ。
店でも出している一品なので、パンと一緒にカウンター越しにすぐに差し出された。
「いただきまーす」と、ステラは早速食べ始める。
家での食事は店のメニューにあるものなので、どれも親しみ深く、ステラにとっては食べ慣れた家庭の味だ。
「うん、今日もおいしい」
「そのトマトソース、俺が作ったんだぜ。ちゃんと親父の味を再現しているだろ?」
ロニーがカウンターの向こうで胸を張っている。
少し前までは店の手伝いを放り出して遊びに行ってしまう弟だったが、最近は真面目に仕事に取り組んでいるようだ。この店を継ぐ自覚ができたらしい。
「すごい、すごい。言われなければ気づかなかったくらいよ」
「ステラ、あんまり甘やかすなよ。まだまだ覚えなくちゃならないことがいっぱいあるんだからな」
ブルーノの言葉にロニーはちぇーっと口を尖らせる。
「『香味亭』の未来は安泰でよかったじゃない」
ステラは仲の良い二人を見て、ふふふっと笑った。
「ステラの方は? 仕事はどうだったんだ?」
「ん~、特別なこともなく、普通に一日終わったよ」
昨日に引き続いて、知らなかった事実が次々と発覚したのは間違いないが、仕事そのものは変わらず雑用でしかない。
「え、仕事……!?」と、驚いたような声が聞こえて、ステラは振り返った。
カウンターで一杯飲んでいた客が、ステラの方を見ていた。
ブルーノと同じくらいの中年男性だ。真夏だというのにフード付きのマントを羽織っていて、見るからに暑苦しい。
栗色の短い髪、やつれたようにも見えるこけた顔立ちは、ステラの記憶を呼び起こすものがあった。
「もしかして、わたしに魔法学園を薦めてくださった方ですか?」
ステラの魔法の才能を見出してくれた人。顔を合わせるのは、かれこれ三年ぶりになる。
「ええ。時々店に顔を出していたのですが、君に会うのは久しぶりですね。ずいぶん大きくなった」
「その節はどうもありがとうございました」
ステラはぺこりと頭を下げた。
「店主から魔法学園に入学したと聞いていましたが、仕事とは? 卒業するには早くありませんか?」
「薦めてくれたお客さんには本当に申し訳ないんですけど、魔法使いとして一人前になるほどの才能はなかったみたいで……。ついこの間、退学したんです」
「そうですか。それは残念です」
ただでさえ血色の良くない客の顔が強張ったように見えて、ステラは笑顔を向けた。
「あ、気にしないでください。すぐに仕事も見つかりましたし、毎日充実していますから」
これはステラの心からの言葉だ。
クレイグの近くで働ける歓び。最低ステータスの学生をやっているより、今の方が居心地のいい思いをさせてもらっている。
(それに、雑用係っていっても、半魔のわたしにしかできない仕事だし)
ただの人間も魔法使いも、学園長室で働くには魔素が濃すぎて耐えられないのだ。
魔王城並みの魔素濃度でも平気なステラほど、オズワルドの代わりに人間との橋渡しをするのに最適な人材はいない。天職と言ってもいいだろう。
クレイグもオズワルドもステラのおかげで助かると喜んでいる――と思うことにしている。
二人とも魔族のせいなのか、なかなか感情が読み取れないのだ。
「それならよかった。仕事、頑張ってください」
「ありがとうございます」
客は口元に小さく笑みを作ってから、カウンターに小銭を置いて立ち上がった。
――とその時、彼はびくりとしたように一歩後ずさった。その両目は見開かれて、凍ったように一点を見つめている。
その視線の先にいたのは、いつの間にか店に入ってきていたクレイグだった。




