4-1 この恋心はどこから来た?
魔王城から戻った翌日、ステラは仕事に戻ったものの、いつものようにてきぱきと雑用をこなす――というわけにはいかなかった。
『わたしは人間じゃなかった』
その言葉が頭の中を漂い続けていて、目の前の仕事に集中できない。
「どうも一日上の空ですね。昨日のデートの後遺症ですか?」
隣のデスクにいるオズワルドに言われるくらいだ。
クレイグが留守にしているのが、今はありがたかった。彼にこんな腑抜けた姿は見せたくない。
「デート……。わたしはそのつもりだったんですけど、こう、知らなかった情報がドドドッと押し寄せてきてしまったといいますか……」
「そうでしたか」
オズワルドは詳しく聞きたがる様子もなく、どちらかというとそっけない。
ステラははっとオズワルドを振り返って、じいっとその横顔を観察した。
(オズワルドさんを三十歳くらい若返らせたら、クレイグ先生に似ていない……?)
クレイグは自分で造った魔族のことを、『俺の分身のようなもの』と言っていた。
そういえば、魔王城で会ったリサとエルシーも、年齢と性別を変えればクレイグに似ていたような気がする。
魔族は城の維持や、学園や領地経営を手伝わせるために造ったものだとも。
「……オズワルドさんって、もしかして魔族だったりしません?」
さくっと笑い飛ばしてもらってかまわない質問だったが、オズワルドは表情を変えることなく、ステラをちらりと横目で見ただけだった。
「学園長から聞かなかったのですか?」
「そこまで聞いていないですけど……本当なんですか?」
「はい、そうですよ」と、あっさり認められた。
「まさかと思いますけど、レジカントの総督代理も……?」
「カーティスのことですか? ええ、そうですよ」
(レジカントって、レジカントって……!!)
総督からして魔族なのだから当たり前なのかもしれないが、魔族に支配された領地だった。
今さらながらそんなことを知って、ステラは愕然としていた。
「……魔物や魔族って、魔素をまき散らしているはずですけど、周りの人とか大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないから、私はなるべくここにいるようにしています」
ここへきて、オズワルドの『加齢臭問題』の真相も分かった。
(『悪臭』って、濃い魔素のことだったんだ……!!)
ダンジョンに潜った時、実習グループのメンバーたちが魔素の濃さに不快感を示していたことを思い出す。教師のメリッサも、オズワルドがやってくると気分が悪くなると。あれは魔素酔いの症状だったのだ。
(わたしの鼻が悪いんじゃなくて、そもそも魔素を魔素として感知できないほど、魔族でも人間でもなかったと……)
ステラはぐらりと頭を揺らした。
「魔法使いは魔素に敏感なのに、よく正体がバレませんね……。学園には魔導師がたくさんいるのに」
「ギリギリまで魔素がもれないように抑えていますし、あとは学園長が軽い暗示をかけているので、たいていの人間は気づきません」
そのせいで体臭がキツいことにされるのは、どうなのだろうか。ステラの乙女心としては、もうちょっと違う暗示はなかったのかと思ってしまう。
(クレイグ先生、何気に魔族の扱いが雑だから……)
「クレイグ先生の方は授業を受け持っていたり、政務があったりと、人間と関わる機会が多そうですけど、大丈夫なんですか?」
「その分、細心の注意を払って魔素を抑えているはずです。私などは面倒なので、できる限り人間と顔を合わせないことを優先していますが」
「先生はそこまでして学校運営や領地経営をしているんですね……」
「あの方は人間と関わっていたいのですよ。ああ見えて、淋しがり屋なので」
「先生が!?」
クレイグを形容する言葉にしては、あまりにステラの見解とかけ離れていて、思わず裏返った声を出してしまった。
「あの方にとって、我々魔族は便利に使う下僕でしかありません。あの方の核から造り出されただけあって、容姿も似ていますから、よくて家族がいいところです。人間のような多様性は我々にはありませんから、あの方からすると退屈な存在なのでしょう」
「先生もそんなようなことを言っていた気がします……」
クレイグにとって造った魔族は、知性を持っているとはいえ、家族や友人のような存在にはならないということだ。もともと人間だったからこそ、それを拒否しているのか。
壊してもまた造ればいいもの。替えのきく存在。それはただの道具でしかない。
「だから、あなたのような存在は本当に珍しいのですよ。魔素もれに気を使うことなく、同じ空間で普通に話ができる。あの方にとっては新鮮なことなのだと思います。現にあなたと出会ってから、あの方は人間らしい表情をよく見せるようになりました」
「それが本当だったら、うれしいですけど……わたしも純粋な人間じゃないので」
「そこがあの方にとって悩ましいところではないでしょうか。あなたの父親の話は聞きましたか?」
「はい。ランドルという名前の魔族じゃないかって」
「ランドルも我々と同じ、あの方の核から造られた魔族です。その子どもであるあなたも、魔族の部分は無条件にあの方を慕ってしまうのかもしれません」
「それはつまり……わたしが先生を好きになるのは必然だったと?」
「少なくともあの方はそう考えています。恋愛ではなく、崇拝や親愛の情に近いものだと」
(わたしがフラれたのは、半魔とか関係なくて、そっちが原因だったの……?)
ステラの中でクレイグを好きな気持ちは疑いようがないが、その気持ちはどこからもたらされているのか。クレイグの系譜として生まれた半魔だからこそ、ひと目見た瞬間から好きで好きでたまらなくなったのか。
もしかしたらオズワルドの言う通りなのかもしれないと思う自分がいた。
『無条件に寄せられる一方的な敬愛も恋情もうっとうしいもの』
クレイグはそう言っていた。
「先生にとって、わたしの好意は迷惑でしかないんでしょうか……」
「そう単純に割り切れないから、悩ましいのですよ。あなたの想いが人間の抱く『恋』という感情なら、あの方も素直に受け入れたいところでしょう」
「その違いって、どうやったら分かるんですか?」
「それは私には分かりかねます。私が敬愛するのは、我が主のみですから。他の者に対する感情など持ち合わせておりません」
オズワルドの魔族らしい一面が見える言葉だった。やはり人間とは違うと思い知らされる。
「そう、ですよね……」
「もしかしたら、ランドルならその答えを持っているかもしれませんね。主人を裏切って人間の女性との恋を選んだのですから」
「ランドル……さん、どんな人か一度会ってみたくなりました」
「学園長が捜しているところなので、見つかればあなたも会えるかもしれませんね」
「え、捜しているんですか? 何のために?」
「おや、その話は聞いていないのですか?」
オズワルドは意外そうに言って、遠くを見つめた。
「わたし、聞いていませんよ!」
「あなたという存在について、あの方はいろいろ確かめたいのですよ」
「先生が人間に戻るために必要なことだから、ですか?」
「あの方の行動は、すべてそこに起因していますので」
自分の身が半魔という人間でも魔族でもない存在だと知った今、本当の父親に対してにわかに興味がわいてくる。
創造主クレイグへの敬愛より、シンシアへの愛を選んだランドル。
ステラのクレイグに対する想いについても、何か参考になることが聞けるかもしれない。
「その時はわたしもぜひ会いたいです! オズワルドさん、先生に会ったら伝えておいてください!」




