3-10 満天の星に願いを
魔王城の周りは相変わらず黒い靄で覆われていて、昼なのか夜なのかも分からない。
クレイグとともに城の外に出たステラは、吹きつける冷たい風にぶるっと身を震わせた。
クレイグの両腕がステラの肩越しに伸ばされたかと思うと、そこには黒いマントが現れて、ステラの身体をふわりと包み込んだ。
「日が暮れて、外を飛ぶには寒いからな。風邪を引かないように」
ほんのり口元に笑みを浮かべるクレイグを間近に見て、ステラの身体はマントが必要かと思うほど、カッと熱くなっていた。
(先生、やさしすぎます……!!)
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
エルシーとリサに見送られて、ステラは来た時と同様、クレイグにおぶられて地上を離れた。
黒い靄を抜けると、日はすでに沈んでいて、眼下にあるはずの海は真っ黒。奈落の底まで続いていそうな恐ろしさがある。
しかし振り仰げば、濃紺の空に満天の星が広がっていた。
「すごーい! きれい……!!」
「気に入ったのならよかった」
凍てつく風が頬をかすめていくが、クレイグの温もりと借りたマントのおかげで、身体は暖かい。
空と地上の境もなく、まるでこの世界にクレイグとたった二人しかいないようだ。
欲を言えば、彼の隣に立って、手をつないで見上げたい星空だった。背中におぶられている状態では、彼の表情がよく見えない。
「もっと、ずっと見ていたくなる光景です」
「また見られる機会はあるだろう」
その意味は――
(次もまた日暮れまで一緒にいられる時間があるってことでいいのかな?)
ステラが幸せな気分でほうっとため息をついたところで、「うん?」と首を傾げた。
「それはとってもうれしいですけど、先生の魔素を極限まで減らすだけなら、わざわざ魔王城まで行く必要はないんじゃないですか? 学園にはたくさんの魔導師がいますし、束になってかかれば簡単なことだと思いますけど。なんなら勇者パーティを集めたって」
「残念ながら、俺の体は魔王城にあるんだ」
「はい? 今、ここでわたしと一緒にいるのは……?」
「本体の核から切り出して作った分身だ。配下の魔族に近い存在だな。城から遠隔操作している」
「ええ~……。ここにいる先生って、つまり操り人形みたいなものなんですか!?」
「端的に言うとそういうことだ」
「普通に温もりを感じられるのに……」
「魔素もそれなりに集まれば、温度がある。普通の人間よりは低い体温だと思うが」
「そうなんですかね……?」
父親や母親の温もりは、幼い頃に感じていたはずだが、記憶に残っていない。特に本当の両親ではないと分かってからのこの三年は、肌に触れることもなくなっていた。
「そういうわけで、この体を倒したところで核が壊されるだけで、本体には何の影響も及ぼさないんだ」
「なるほど……。ちなみに本体を移動することは?」
「俺の本体は世界中の魔素を集めて、放出する中心になる。君もあの渦を見ただろう。あれをどこかの国に移動させたら、国が滅ぶ」
「……あの黒い靄って、全部魔素だったんですか!?」
「気づいていなかったのか」と、クレイグのあきれたようなつぶやきが聞こえた。
「あの場所の魔素濃度は、ダンジョンの百階層と同じだと言っただろう」
「そ、そういえば……」
「可視できるほどの魔素濃度となると、普通の人間なら即死だ。魔法使いでも、常に防御結界を張れるくらいの魔法防御力と魔力量が必要になる」
「それで百階層に到達できる魔法使いが必要なんですね……て、わたし、人間じゃないって言われている気がするんですけど!?」
ステラの訴えに、クレイグの反応がない。
(聞こえなかった? それとも無視された?)
ステラがもう一度聞き直した方がいいのか迷っている間に、クレイグの声が聞こえてきた。
「確証をつかむまでは黙っているつもりだったが、君は純粋な人間ではないと思う。君の母親がシンシアなら、父親はおそらく魔族だ。しいて分類するのなら、半魔とでもいうものになるのか」
ステラの今までの人生を根底からひっくり返すひと言に、自分のところにだけ地震が発生したような気がした。
(わたしが人間じゃない……!?)
「な、何を根拠に……?」
「君の魔素への耐性は、すでに人間の域を超えている。それを確かめたくて、今日は魔王城に連れていったというのもあるが。加えて十八年前、シンシアが俺の配下の一人ランドルと失踪した。時期的に見ても、君はその二人の子どもである可能性が高い」
「魔族と人間の間に子どもって、ありえるんですか……?」
「俺が知る限り、世界に君しかいないな。
そもそもシンシアは優秀な魔法使いだったが、生粋の人間だ。魔素の塊ともいえる魔族と一緒にいるということは、常に魔素酔いの症状に見舞われる。
ランドルが魔素の流出を抑えるか、シンシアが防御結界を張り続けなければ、普通の生活は送れない。そんな面倒なことまでして、しかも子までもうける酔狂な人間と魔族は、それこそ君の両親くらいしかいないだろう」
「でも、そうまでして二人が愛し合っていたという証拠では……?」
「そうだな」と、クレイグがふっと笑う気配があった。
「俺が造った魔族は、例にもれず俺に忠実で、唯一無二の俺を崇拝する。にもかからわず、ランドルはシンシアに出会って、初めて俺以外の人間に興味を持って去っていった。俺への忠誠を超えるほどに深い愛があったと俺も思う」
少なくともステラは両親が愛し合った上で、この世に生まれてきた。今はそれを知ることができただけでもうれしいと思った。
「でも、どうして二人は失踪したんですか?」
「ランドルからすれば、俺への忠誠を裏切った形になって、顔を合わせづらかったんだろう。他の魔族たちもランドルを反逆者と見なす。だから、二人は身を隠す選択をしたんだろうな」
「先生のお考えは? やっぱり許せませんか?」
「まさか。もともと配下の魔族は、俺の手足として城の維持や、学園や領地経営を手伝わせるために造ったものだ。魔族ならいくらでも造れる俺からしたら、一人いなくなったところで困ることもない」
「確かに……」
「だいたい、無条件に寄せられる一方的な敬愛も恋情も、俺にはうっとうしいものなんだ。去りたいという配下をわざわざ追いかける趣味はない。放っておくのが普通だろう」
「それなら、わたしは先生のおかげで、この世に生まれることができたということなんですね」
「俺のおかげか?」
「はい、先生が二人を放っておいてくれたからです。わたし、こう見えて、生まれてこなければよかったなんて一度も思ったことがないんですよ。そりゃあ、魔法使いとしてはポンコツですし、厄介な力も持っていますけど。だから、わたしを産んでくれた両親にも、先生にも感謝です」
「そうか」と、クレイグのやさしい声音が聞こえて、ステラの心臓はドキリと鳴った。
(わたしが半魔なら、魔族である先生とは人間よりも近い存在になれるんじゃない!?)
魔素濃度の高い空間でも、ステラは何ら異常を感じることなく、普通に生活できる。
ランドルとシンシアが種族の違いを超えて愛をはぐくんだように、クレイグとの未来を夢見てしまう。
そんなことを思って胸がドキドキと高鳴ったが、次の瞬間にはすっと冷えた気がした。
(そうだ、先生は『人間』になりたがっているんだった……)
クレイグが人間としての生を求めるのは、人間の女性との普通の恋愛や結婚。念願が叶って人間になれた時には、半魔のステラは近づくのも嫌な存在になるかもしれない。
クレイグがステラの好意をはっきり拒んだのは、最初から人間ではないと知っていたからか。ステラの恋に未来がなくても、協力してくれるのかと。
クレイグが人間にならなければ、ステラにもまだまだチャンスはある。けれど、フラれるのがイヤだといって、協力を拒むようなことはしたくなかった。
この二百年、クレイグが人間に戻るためにどれだけの努力をしてきたのか、それを垣間見てしまったから。
クレイグが好きだからこそ、彼の願いを叶えてやりたいと思う。彼が心から幸せに笑う顔を見てみたい。
(とにかく、先のことはまず先生が人間に戻ってから考えよう。もしかしたら、わたしにもワンチャンあるかもしれないし!)
ステラはクレイグの首筋に回した腕にぎゅっと力を込めた。
少しでもこの時間が長く続きますように、と満天の星に願いながら――。




