3-9 なんだかやさしいクレイグ先生
ステラがはっと意識を取り戻すと、見慣れない石造りの天井が目に映った。黒い靄のかかった薄暗い部屋の中、ふかふかのベッドに寝かされている。
(わたし、エルシーさんと戦って……)
どうやら軽い魔素欠乏症を起こしたようだ。
カソコソという物音にびくりとして飛び起きると、ベッドの脇にはクレイグが立っていた。
「目を覚ましたか。よく寝ていたな」
見下ろしてくるクレイグの麗しい顔をまともに見られず、ステラは反射的に顔をそむけていた。
(わたし、寝起きで変な顔していない!?)
「すみません。すっかり寝てしまって……。今、何時くらいなんですか?」
「そろそろ日が沈む頃だな」
「先生、もしかしてずっとついていてくれたんですか……?」
もしもそうだったらうれしいと、ステラは期待を込めて聞いたが、「いや」とあっさり否定されてしまった。
「一回外に出て、買い物をしていた。君が目を覚ましたら、腹をすかせるだろうと思って」
言われたそばから、ステラのお腹はグウッと鳴った。
「ほら、言った通りだ」
クレイグにクスクス笑われて、ステラは恥ずかしさに真っ赤になりながらお腹を押さえた。
(先生が笑ってくれた! ……て、この場合は喜んじゃいけないところだけど!)
クレイグは気にした様子もなく、紙袋から取り出した包みをステラに差し出してくる。受け取って開いてみると、スライスした肉や野菜をたっぷりはさんだサンドイッチが出てきた。
「……いただいてよろしいのでしょうか?」
「君のために買ってきたんだから食べてくれ。飲み物も今持ってこさせるから」
(先生がめちゃくちゃやさしいよ……!!)
それだけで胸いっぱい、お腹いっぱいになりそうだったが、あいにくそれでは空腹は満たされない。魔素の補充にもならない。
「ありがたくいただきます」と言い置いて、ステラはサンドイッチにかぶりついた。
魔素欠乏症になったのだから、まずはお腹いっぱい食事をしたいところだ。
買ったばかりなのか、温め直したのか、パンもはさんだ具材もほんのり温かい。チーズを練り込んだこってりした白いソースは、初めて口にするものだ。
「このソース、おいしいです……!! レジカントのお店ですか?」
「いや、スルベージで。ここから海をはさんで一番近い港町だ」
アルトナ王国の北に隣接するスルベージ王国。一年の半分が雪に覆われる寒冷な気候の国では、バターやチーズ、クリームをたっぷり使った料理が多いという。脂肪分の多い食事は身体を温めてくれるらしい。
(いつの間にか、そんなに遠くまで来ていたんだなぁ……)
アルトナ王国どころか、レジカントの街すら出たことのなかったステラにとって、初めての遠出。今さらながら感慨深い気持ちがわいてきた。
(空を飛んできたから国境もなかったし、高すぎて地上の景色はあんまり見えなかったし……)
少しして温かいミルクも運ばれてきて、ステラは無心にぱくぱくと食べ進めていた。
ふと気づくと、クレイグがイスに腰かけて、頬杖をつきながらステラを見つめていた。
(なんだか機嫌がよさそうに見えるのは、わたしの気のせい?)
「な、何か……?」
「いや、美味そうに食べるなと思って」
「本当においしいですから。先生は食べないんですか?」
「普段は仕事上の会食か、招かれた晩餐会くらいだな」
「高級品しかお口に合わないと?」
ステラは真面目に聞いたのだが、クレイグにはあきれ顔を返された。
「それは冗談か? この体に必要なのは魔素だけだ。食事からとるより、大気中から直接得る方が効率がいい。昔は人間だった頃の習慣で、食事もしていたが、今は必要な時だけになった」
「味覚は普通にあるんですか?」
「その辺りは人間とほとんど変わらない」
「だったら、食べた方がいいと思います! おいしいものを食べると、幸せな気分になれますから……て、余計なことを言いましたか?」
つい勢いに任せて口にしてしまって、ステラは恐る恐るクレイグをうかがった。
「いや。そうやって美味そうに食べる相手がいるのなら、一緒に食事するのも悪くないかと思っていたところだ」
「それはどういう……?」
「さあな」
クレイグにからかうような視線を向けられて、ステラは赤くなる顔をそむけながらサンドイッチを食べ終えた。食後には念のためと、魔素補充用の魔法薬を渡される。
これで完全復活にはなったが――。
「エルシーさんに敵わなかったということで、わたしはやっぱり先生のお役には立てないのでしょうか……?」
「そう落ち込んだ顔をすることはないだろう。単に君が俺を攻撃して倒すほどの魔力量はないと分かっただけだ。エルシー相手にあそこまでやれれば、並みの魔法使いよりよほど強い」
「ほんとですか!?」
クレイグに褒められると、素直にうれしくなる。それでも、役に立たないことには変わりはないので、落胆せざるをえないが。
「それに、君にはまだ外部からかけられる魔法を魔素ごと消滅させる能力がある。俺が攻撃して、魔素を使い切るほどに君が耐えられれば、俺の目的は果たせる」
「そうですね! 確か医務室で実験していた時、百階層のボスを倒すレベルの魔法でも消せたんですよね?」
「ブラック・ドラゴンと比べないでくれ。君の戦ったエルシーの方がよほど強い」
「そういうレベルなんですか……」
ステラの期待にふくらんだ胸は、しゅうっとしぼんでいく。
「魔族は知性がある分、減った魔素を補充して体を維持する能力がある。己の魔素をひたすら飛散させて消えていく魔物とそこが違う」
「人間にとって魔族って、敵対するには厄介な存在なんですね……」
「君ほどではないと思うが」
クレイグに涼しげな顔で返されて、ステラは思わず目を剥いていた。
(実は先生に厄介だと思われていたなんて……!!)
「ど、どこがですか!?」
「そもそも君のその能力は、持って生まれたものなのかすら分からないものだ。無自覚に使っているところを見ると、外部からの魔法を自動的に消滅させる魔法がかけられていると推測はできるが」
「勝手に発動する魔法ですか……」
「その魔法に限界があるのか確かめたいが、もしもその力を上回る力で攻撃した場合に、君の身がどうなるのか想像がつかない。単純に殺してしまうのか、それとも何か別のことが起こるのか」
「先生でも分からないことってあるんですね」
「当然だ。君みたいな存在には、初めて遭遇したんだから。それがどういう種類の魔法なのか確かめたくても、調べるための魔法が効かないし」
「わたしがどれだけ厄介な存在か、よく理解しました……」
ステラがしゅんと項垂れると、クレイグはくっくと喉を鳴らして笑った。
今日一日でクレイグがいろいろな表情を見せてくれることに、ステラの頬はゆるゆると崩れてしまう。
(先生とちょっと距離が縮まったみたいで、うれしいよ……!!)
「とにかく、検証するにしても今日はもう遅い。またの機会にしよう」
クレイグとこんな時間を再び過ごせると思うと、それだけでステラの心は躍った。
「はい!」




