3-8 ヘイデンの物語 (後)
ヘイデンは魔王城に閉じこもって、しばらくの間は世界の秩序のために漫然とした日々を送っていた。
あの暗黒時代を知っている。人々が平和に暮らせる毎日が自分のおかげでもたらされたのなら、ここまで努力してきた意味はあった。
そう自分に言い聞かせて納得しようとしていた。
ところが、もともと人間だったせいか、その時間が長くなるほどに、孤独と死ぬことのできない自分というものに嫌気がさしてきた。
(魔王のように核から精神を切り離せば、人間に戻れるのではないか?)
その考えに取りつかれて、ヘイデンは小さな学校を作った。新たな勇者を育てるために、魔法適性を持つ子どもを集めて教育を始めた。
誰かの生を奪うのは自分と同じ魔王を生み出すだけだと、精神を別の肉体に移す精神移行魔法も作り出した。魔王が使った精神置換魔法を応用すれば、容易なことだった。
その魔法を使うための新たな自分の肉体も用意して――。
すべての下準備を万端に整えておいた。
それから百年かけて、ヘイデンはダンジョンを完成させて、ひたすら勇者育成に努めた。二百年も経てば、数人しかいなかった学校は、世界各国から留学生を受け入れる大きな学園になっていた。
そんな中でシンシア・マクニールは、入学した時から魔法使いとして特筆すべき才能にあふれた少女だった。
彼女ならば、と、ヘイデンは期待していたのだが――。
そんな彼女でも、やはり百階層にたどり着くことはできずに、魔導師の称号を得ただけで、五年後の卒業の日を迎えた。
当然のことながら、各国の騎士団や軍は、卒業前からシンシアの才能に目を付けていて、就職の打診をしていたものだ。しかし、彼女が勇者パーティの称号を断ってまで、最終的に選んだ進路は、カーヴェル魔法学園の教師だった。
その理由が分かったのは、シンシアが退職願を出してきた時。働き始めて二年ほどが経った頃のことだった。
「学園長のお力になりたくて学園に残りましたが、このような形で辞めることになって申し訳ありません。代わりに、もしかしたら先生に希望を残せるかもしれません」
ヘイデンが人間に戻ることを望んでいると、シンシアはランドルから聞いていたらしい。
ランドルは学園の手伝いをさせるために造った魔族だったが、いつの間にかシンシアと恋仲になっていた。
ある日、ランドルが戸惑った顔で聞いてきたのだ。
「私はあなた様の分身です。なのに、彼女は私を好きだと言うのです。つまり、彼女が好きなのは、ご主人様ということになりませんか?」
配下の魔族たちは等しく創造主に敬愛の念を抱き、絶対的な忠誠を誓う。
ただ、女性は異性になるせいか、それに加えて変な恋愛感情まで持たれてしまう。面倒なことこの上ないので、リサに続いてエルシーを最後に、女性を造ることはやめたが。
ヘイデンにとって魔族というものは、己の分身以上になることはなく、しかも人間に比べて無個性でつまらない存在だった。
「大事なのは、お前が彼女を好きかどうかだ。お前がやりたいと思うことをしろ」
こう言うことで、ランドルがどういう行動に出るのか楽しみだった。
そして、二人はヘイデンの前から姿を消した。
二人が今でも幸せに暮らしているのなら、それでいいと思っていたのだが――。
*
(シンシアの言っていた『希望』は、ステラのことだったのだろうか)
クレイグはそんなことを考えながら、城の二階にある一室に入って、ステラをベッドに寝かせた。
「今はゆっくりおやすみ」
ステラのポニーテールに結ったリボンを解いて、頬をそっと撫でてから部屋を後にした。




