3-7 ヘイデンの物語 (中)
ヘイデンが目を覚ました時には、魔王の姿はどこにも見当たらなかった。
(あの後、何が……?)
ヘイデンは誰もいない城の中を巡り歩いて、書庫のような部屋を見つけた。
そこにあるデスクの上には、置手紙のように一枚の紙が――。
一行目に書かれていたのは、『我が務めを継ぐ者へ』。
まるでヘイデンがこれを読むのを知っていたかのように、仕事の申し送りのような内容が書かれていた。
百年先か二百年先か、いずれ新たな魔王が復活した時に、その役割をすぐに理解できるようにと。
(新たな魔王の復活……?)
部屋の棚に並ぶ数えきれない書は、すべて魔王の手で書かれたものだった。
ヘイデンは端から読みふけった。
*
魔王がこの世界に現れて二百年、それは暗黒時代と呼ばれていたが、彼が生まれたのはさらに昔のことだった。
実際、彼自身もいつ生まれたのか正確には分かっていなかった。
おそらくこの世界が誕生した時から存在していたのだろう。その頃は人格を持たないただの魔素の結晶――『核』でしかなかった。
その『核』はこの世界の秩序を守る神のような存在だった。魔素を集めて放出しながら循環させて、世界の魔素濃度を一定に保つのがその役割。
長い年月をかけて、植物や動物、果ては人間までも、その魔素を取り込みながらこの世界に誕生した。おそらく、その時間は数万年に値する。
人間が増え始めた頃、『核』は知性を持つ人間と同じ姿を取るようになった。
それから幾星霜、人間を観察し続けた『核』は、ある時、己の存在というものに疑問を持った。
『我はいつまでこの世界を見守り続けなければならない?』――と。
人間は生まれては、数十年の時を過ごしたのちには地に還る。子孫を残すことで、その生をつないでいく。
それに比べて己は、何の変化もなく、果てしない時間をただ世界のために生き続けるだけ。
人間がうらやましくなった。
『そろそろ我にも終焉の時が来てもいいのではないか』
そんなことを考え始めた『核』は、己を終わらせてくれる人間を探し始めた。
それが暗黒時代の始まり。
魔王が誕生したからではない。『核』が死を望んだからこそ、『魔王』と呼ばれるようになって始まった時代だった。
それから二百年が過ぎて、ようやく魔王と対等に戦える才能を持つ人間――ヘイデンが世界の片隅で生まれた。
それが魔王にとって、どれだけうれしいことだったか。相まみえる日をどれだけ待ち遠しく思っていたか。
ヘイデンのこれまでの成長を事細かに記録した文章には、その感情が表れているようだった。
(俺がここに来ることは、最初から決まっていたということか……)
そうして、ヘイデンは魔王の思惑にまんまと乗せられて、結果、肉体を奪われることになった。
生まれ変わったヘイデンは、新たな魔素の中心となる『魔王』になってしまったのだ。
身にまとう膨大な魔素のせいで、最果ての島からは出られない。出たら最後、周囲の魔素濃度は一気に上がって、生きとし生けるものをすべて滅ぼしてしまう。
(どうにかして外に出る方法はないのか?)
魔王の残した書には、『魔族』の造り方も記されていた。己の核を切り分けて、魔素を与えて育てればいいらしい。
(けど、分身は分身で、俺ではないからな……)
それくらいなら操り人形でも作った方がマシだ。
(……そうか。人形を作って、遠隔操作すればいいのか)
魔王として有する魔力量は無限にも近く、あらゆることが魔法で叶えられる。
人形を作ることも、遠隔操作することも。
そうして身代わりとして自由に動かせる人形を作ってみたものの、そこはやはり魔素でできた人形。核を持つ魔物と大差はない。
濃い魔素を放つ人形もまた、人間のそばに行けば彼らを殺してしまう。
(それなら魔素を放出するのを遮断する方法は――)
幸いヘイデンには、時間だけは無駄にあった。
試行錯誤を繰り返して、ようやく『操り人形』が完成した時、真っ先に訪れたのは故郷のレジカント村だった。
そこではすでに百年の時が過ぎていて――『ヘイデン』が勇者として祭り上げられていた。
魔王を倒した功績によって、世界中から報奨金と、アルトナ王国からはレジカント村を領地として与えられて、子孫が領主になっていた。
小さな農家でしかなかったカーヴェル家は、大きな屋敷をかまえる名家になっていた。
本来ならばヘイデンが受けるはずだった恩恵を、人々を苦しめた魔王が享受していた。結婚して、子を作り、勇者として称えられる日々を送って死んでいったのだ。
「全部、全部、俺のものだったのに……!!」
ヘイデンは怒りに震えた。
(すべてなかったことにしてやろうか)
ヘイデンにとって、こんな小さな村を塵にするのは造作もない。人形の周囲に張った結界を解除するだけで、あふれ出す魔素が生きるものをすべてを殺してくれる。
ヘイデンは怒りのままに村を滅ぼそうとしたが、寸前で思いとどまった。
ここにいる子孫や村人たちは、真実を知らない。因縁はすべて今や亡き魔王とヘイデンの間のこと。罪のない人間を殺すことはできなかった。
(それをやったら、俺は本当に『魔王』になってしまう)




