3-6 ヘイデンの物語 (前)
「ご主人様、この娘は何者なんですかぁ?」
クレイグが目を閉じたままのステラを抱き上げて城の中に運んでいると、エルシーが後ろから追いかけてきた。
その顔色は蒼白で、足元もよろよろとおぼついていない。心なしか、その姿も薄くなったようだ。
「意外とやられたようだな」
「やられましたよ! 目に見える攻撃はへなちょこなのに、どうしてこんなに魔素が削られているんですか!? エルシー、初めて死というものを実感しました!」
「ご苦労だった。仕事はいいから、ゆっくり回復しろ」
「ご主人様、エルシーの質問に答えていない……」
エルシーは不満そうに口を尖らせたが、「失礼します」と踵を返して去っていった。
「本当に君は只者ではないな」
クレイグの腕の中ですうすうと安らかな寝息を立てているステラを見て、くすりと笑みがもれる。込み上げてくる愛しい気持ちを押し殺して、クレイグは唇を引き結んだ。
ステラにエルシーを倒すほどの力はなかった。魔族すら倒せないということは、つまり彼女の攻撃ではクレイグに太刀打ちできない。
(ステラでもダメとなると、俺はもう人間になることをあきらめるしかないのか……?)
*
三百年前の暗黒時代、ヘイデンが生まれた村――アルトナ王国南端のレジカント村も、魔物に脅かされていた。
一体の魔物の襲来で、働き盛りの男たちは戦いに傷つき、退治できたとしても、魔物が拡散する濃い魔素が村を覆う。老人や病人、赤子など、身体の弱い者からその魔素濃度に耐えられずに死んでいった。
そんな環境の中で生まれて成長できたヘイデンは、最初から魔素に対する耐性があった。それはつまり、魔法使いとしての才能を持っているということ。
魔物に襲われて片脚を失った父親、生まれたばかりの弟や妹の命が失われていくのを見て、ヘイデンは誓った。
「いつか僕が魔王を倒して、世界を平和にするんだ!」
必死に魔法を習得して、十歳を数える頃には大人たちに交じって魔物討伐に出かけていた。
やがて魔法使いとしてのヘイデンの名前は、レジカント村を越えて、アルトナ王国の王の耳にも届くことになる。
十八歳になったヘイデンは、魔王討伐隊のメンバーに選ばれて、四人の魔法使いたちと『最果ての島』――魔王城に向かうことになった。
「何かおかしいと思わないか?」
その旅の途中、ヘイデンは何度も違和感を覚えた。
「どこが?」と、仲間たちは訝しがる。
「遭遇する魔物が徐々に強くなっている気がする」
「それのどこがおかしい? それだけ魔王城に近づいているっていう証拠じゃないか」
魔王城までの道のりは、アルトナ王国から北へ、スルベージ王国を縦断して、船で海を渡る。
「それが正しかったら、魔王城に一番近いスルベージ王国では、アルトナ王国より強い魔物が現れていなければならないだろう。そんな話は聞いたことがないし、魔素濃度に変化があるようにも思えない」
「それで、お前は何を言いたい?」
「なんというか……魔王が俺たちに魔物をけしかけているみたいではないか?」
ヘイデンの予想通り、スルベージ王国最北の港町までの道では、次から次へと凶暴な魔物が出現して、戦いながら進むことになった。
魔素濃度の低いところに移動するはずの魔物たちは、明確な意思をもってヘイデンたちだけを狙っていた。周りの町や村には目もくれない。明らかに一般的な魔物とは違う行動を取っていた。
(魔王は魔物を操れる存在なのか……?)
そのせいで、予定ではひと月もあればたどり着けるところ、優に三年の月日が流れることになった。
幸いなことに、十分な戦闘訓練ができて、討伐隊のメンバーたちの能力は上がっていた。魔王を倒すための準備としては悪くはないものの――
(魔王は俺たちを殺すつもりがあったんだろうか。そうでなかったら、俺たちがただ強くなるだけで、魔王自身の身を危うくするだけなのに……)
ヘイデンの違和感は、魔王城にたどり着くまでぬぐい去ることはできなかった。
海を渡って最果ての島で待っていたのは、これまで戦ったどの魔物よりも強い五体だった。
人形を模して知性を持つ彼らは、攻撃しても攻撃しても、失った魔素を取り入れて回復してしまう。
魔素を放出して消えていく魔物とは別物――魔族というものだった。
そうでなくても、最果ての島の魔素は目に見えるほど高濃度で、人間の身体など瞬時に塵と化してしまうほど危険な環境。戦う以前に、常に防御魔法で身を守らなければならなかった。
メンバーの身が危うくなるたびに船で退却して、スルベージの港と最果ての島を往復しながら、その魔素環境に徐々に慣れていった。
そこに費やした歳月は、実に二年。
そこからさらに魔族との戦いは続いて、交戦するたびに仲間が一人二人と減っていった。
ようやく五人目の魔族を倒した時には、ヘイデン一人だけが生き残っていた。
(俺一人で魔王と戦えるわけがない……)
この五年、ひたすら魔王を倒すためだけに必死に生きてきた。
『俺たちの手で世界に平和を』
その信念のもとに、仲間たちは戦って、散っていった。
やはり無理でした、とヘイデン一人が逃げ帰っては、死んだ仲間の家族に合わせる顔がない。運よくヘイデンが生き残っただけで、他の仲間の代わりに死んでいたのは、自分だったかもしれないのだ。
(どうせいつか死ぬのなら、魔王に一撃でも浴びせてからにしてやる!)
そうして、ヘイデンは魔王城に入って、その謁見の間で魔王と対峙することになった。
魔王の見た目は、人間で言えば二十代半ばの青年。長い金髪といい、女性とも見まがうような顔立ちといい、男の目から見ても美しい姿だった。
彼から解き放たれる膨大な魔素がなかったら、人間にしか見えなかっただろう。
「ようこそ、我がもとに」
歓待するような魔王のひと言に、ヘイデンはやはり奇妙な違和感を覚えた。
しかし、ようやく相まみえた宿敵を前にして、話をする気など起こらない。即座に攻撃を仕掛けていた。
攻撃を繰り出し、相手の攻撃を防ぐ。永遠ともいえるような長い戦いだった。
魔王を形作る魔素が徐々に減っていって、あと少しで倒せるという時――
「この時を待っていた」と、魔王はこの上なく満足そうな笑みを見せると、二人の足元にそれぞれ黄金に輝く魔法陣を現した。
放たれる魔法は、ヘイデンが見たことのないもの――。
その次の瞬間からの記憶はない。




