3-5 魔族相手にプチバトル
魔王城の庭ともいえる建物の裏――。
荒野のようなそこは、強い海風が吹きすさんでいた。昼だというのに太陽の姿は黒い靄に隠れていて、辺りは薄暗い。
ピンク髪の少女エルシーとステラは、数メートル離れたところで向かい合っていた。
彼女の白いエプロン付きのメイド服のスカートが、風に吹かれてはたはたとなびいている。
二人の中間に位置するところには、クレイグが腕を組んで立っていた。
「ご主人様ぁ。この娘、壊しちゃっていいんですかぁ?」
エルシーの舌足らずな甘える声に反して、その愛らしい顔はあくどく歪んでいる。
(わたし、どうして魔族と戦うことになっているの!?)
「エルシー、お前は手出し禁止だ。必要なら防御は許す。ステラは全力で魔法攻撃を仕掛けてくれ。こいつなら殺してもかまわない」
ステラの「ええ!?」と、エルシーの「そんなぁ」という声が重なる。
クレイグは聞こえていないかのように、「さあ、戦闘開始だ」と非情に告げた。
「で、では、エルシーさん、行きますよ!?」
「どうぞお好きに。あなたなんかにやられるようなエルシー様じゃなくってよ」
エルシーはフンと鼻を鳴らして、つまらなそうに肩をすくめた。
「ファイア・ボール!」
ステラは叫びながら右手で素早く魔法陣を描いて、こぶし大の炎をそこに灯す。飛び出した火球はふわふわとエルシーのもとに漂っていった。
「やだ、なにそれぇ? それで戦うつもり?」
キャハハハハッと、エルシーは甲高い笑い声を上げる。
(分かっている、分かっているわよ! わたしはスライム一匹倒せないポンコツ魔法使いですよ!)
小さな火球は動かない的――エルシーのもとにゆっくりと届いて、彼女のツインテールの片方の毛先をポッと燃やした。
途端にエルシーの形相が鬼のように変わる。
「何してくれているのよ!? エルシーの美しい髪がチリチリになっちゃったじゃないの!」
怒ったエルシーの右手が掲げられて、巨大な魔法陣が赤く鮮やかに浮かび上がった。
炎の魔法陣――ステラの描いたものとは格段の差がある。そこから放たれる炎は、おそらく人間を一瞬で焼き殺すくらいの威力があるはずだ。
(そんな攻撃、わたしに無効化できるの!?)
「エルシー、手出しは禁止だと言ったはずだ!」
クレイグの鋭い声が飛んできたと同時に、エルシーの魔法陣がふっと消える。
「も、申し訳ございません、ご主人様……!!」
エルシーは委縮したように小さくなって、ペコペコ頭を下げた。
この半年、魔法実技の授業は数えきれないほど受けたが、そのどの教師たちよりもクレイグは厳しいような気がした。
(さすがクレイグ先生、教師を長年やっていただけある……!!)
「エルシーは防御のみだ。ステラは攻撃を続けてくれ」
「は、はい……!!」
ステラはうなずいて、魔法陣を次々と描きながら魔法を放った。
「ウィンド・カッター!」
放たれた風の魔法はエルシーの髪をふわりと揺らす。
「ロック・フォール!」
エルシーの頭上に現れた魔法陣からぽとりと小石が落ちて、彼女の頭にコツンと当たった。
「アイス・スピアー!」
編み棒のようなつららがエルシーにまっすぐ飛んで行って、彼女の人差し指と中指にはさまれて止まった。ポキッと音を立てて、二つに折れてしまう。
「サンダー・スラッシュ!」
本来ならエルシーの頭の上に描かれた魔法陣から雷が落ちるところ、ピカーッとスポットライトがあたるだけ。彼女の美少女ぶりが輪をかけて輝いて見える。
「ファイア・ボール!」
「ウィンド・カッター!」
「ロック・フォール――!!」
ステラは半ばやけくそで、次々と魔法陣を描いては、エルシーに向かって攻撃を続けた。
「ご主人様ぁ……。どう見ても新人魔法使い以下の相手に、いつまでやればいいんですかぁ?」
エルシーは最初の勢いを失って、憐れんだ目でステラを見ていた。
「くはっ」と、ステラは血を吐く勢いでその場に崩れ落ちそうになる。
「ステラ、限界か?」と、クレイグが心配そうに聞いてきた。
「……いえ、まだ魔法は使えますけど、これ以上続けることに意味を見出せないといいますか……」
「なら、限界まで続けてくれ」
「先生のお願いとあらば……」
それからどれくらい魔法を放ったのか、ステラはいつの間にか意識を失っていた。
(もう、さすがに限界……)
学園の魔法実技の授業でも、ここまで魔法を使ったことはなかった。




