3-1 魔王城のご主人様
クレイグにおぶられたまま、ステラはその肩越しに巨大な城を見上げた。
黒い靄に覆われていて、不気味という表現以外が見つからない。
その入口には、ステラたちを食わんとしているかのように大きな扉が立ちはだかっていた。
「こ、ここが本当に魔王城なんですか……?」
魔王も魔物もいないという話だが、亡霊や得体のしれないものが出てきそうな雰囲気が満載だ。
「ああ。転移魔法なら一瞬なんだが、飛んでくるとけっこう時間がかかるな。ほら、着いたんだから、もう下りろ」
脚を支える手を離されても、ステラはセミのようにしがみついてクレイグの背中から離れられなかった。
「イヤ! なんか怖いです!」
「おい、こら」と身体を振られて、ステラは手を離さざるを得ない。
クレイグの温もりを失って、一気に心細くなる。外気の冷たさもいっそう身に染みる。
ステラは身体がカタカタ震えるのを止められず、自分を抱きしめた。
ギイッときしむような音を立てながら、両開きの扉が開かれる。
いったい何が出てくるのか――。
ステラは「ひっ」と喉を鳴らしながらクレイグの腕につかまって、その背後に隠れた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
この場にそぐわない明るい女性の声が聞こえて、ステラは恐る恐る入口を覗き見た。
そこにはステラと歳の変わらないピンク髪のツインテール美少女と、水色のセミロングヘアの大人っぽい美女がメイド服姿で立っていた。
「『ご主人様』……?」
二人の女性の視線の先には、クレイグしかいない。
(ここが先生のお城って、本当みたいだけど……)
ステラがゆっくりとクレイグを見上げた時、ピンク髪の少女の視線が突き刺すように向けられた。
「ご主人様、また女を作ったのですかぁ!? エルシーで最後だっておっしゃったのに!」
(『また』? また、また……)
ステラの頭の中にそのひと言がぐるぐる繰り返される。
(先生の女性関係、聞いたことがなかったけど、実は恋人がいっぱいいる人だったの!? ……いえ、いてもおかしくないくらいに素敵な人だと思うけど! ここはまさかの先生のハーレム!?)
クレイグはステラを見下ろして、眉間にシワを寄せた。
「その顔は何だ? 変な勘違いをしていないか?」
「勘違いしようのない事実です! この女の子、先生の恋人? 愛人? そういう系のお一人なんですよね!?」
「そうでーす!」というピンク髪の少女の言葉に、「違う」というクレイグの冷たい声がかぶさる。
「黙れ、エルシー。ステラ、さっさと入るぞ。早く身体を温めた方がいい。このままでは風邪を引く。リサは応接室に温かい茶の用意を」
ステラが腕につかまっているのをいいことに、クレイグはそのまま引きずるように中に連れていった。
こんな状況でなかったら、『先生にエスコートされている!』と喜んだところだ。
城の中も黒い靄が漂っていて、薄気味悪いことこの上ない。
壁はダンジョンのように石肌むき出しで、城というのに装飾品らしいものもなく、殺風景のひと言だ。
長い石畳の廊下を進んで突き当たりまで来ると、エルシーと呼ばれた少女の手でそこにある扉が開かれた。先ほどの態度とは打って変わって、彼女は恭しく頭を下げている。
まだ昼だというのに、ロウソクの炎で照らされてようやく明るい部屋だった。
応接室というだけあって、テーブルをはさんでソファセットが置かれている。
「疲れただろう。まずはくつろいでくれ」
ステラは無理やりのようにクレイグから引きはがされて、ソファに座らされた。クレイグもその向かいに腰を下ろす。
(この状況なら、できれば隣に座らせていただきたかったんですけど……!?)
それからじきに、リサと呼ばれた水色髪の女性がワゴンを押して入ってきて、湯気の立つお茶をいれてくれた。
「あ、どうも……」
ぺこりと軽く頭を下げるステラに、リサはスンッと鼻を鳴らしたかと思うと、クレイグに戸惑ったような視線を送った。
「ご主人様、この娘、人間臭くありませんか……?」
「『人間臭い』って何ですか? 人間誰しも、多かれ少なかれ体臭があって普通だと思いますけど」
ステラがむっと口を尖らせると、リサは唖然としたように口を半開きにして、それから我に返ったように声を上げた。
「普通の人間がここで平然としていられるわけがないでしょう!?」
「わたしのどこが平然としているように見えるんですか!? 普通に気味が悪くて怖がっていますよ!」
ステラも思わず声を荒げてしまう。
クレイグは頭が痛いといったようにこめかみを押さえて、犬を追い払うようにしっしっとリサに手を振った。
「リサ、お前は下がれ。これから彼女に話をするところだ」
リサは不満げにじろりとステラを一瞥すると、軽く頭を下げてから部屋を出ていった。
(たぶん、この人とは仲良くなれないわ!)
「さて、何から話すか――」
「先生の女性関係をぜひお聞きしたいです!」
ステラはぐいっと身を乗り出して、クレイグの反応を見逃さないようにカッと目を見開いた。
「この状況で真っ先に聞きたいのがそれか!?」と、クレイグには即座に返される。
「はい、ぜひとも! ここは先生のハーレムなんですよね。ズバリ、わたしは何人目になるのでしょうか!?」
クレイグはつかの間茫然としたように固まっていたが、ややあって思い出したように姿勢を正した。
「分かった。そこから話を始めよう」




