2-7 デート気分でどこまで?
その後、ステラがクレイグと会えたのはあの朝の一度だけで、休みの日を迎えた。
少しでもかわいいと見られたい一心で、裾の広がった吊りズボンを新調。これなら足を閉じれば、スカートにも見える。
空を飛ぶということで、髪が乱れないようにいつものポニーテール。夏らしい白のレースのリボンで結んでおいた。
『香味亭』が開店の準備に入る中、ステラは十時少し前から店先に立っていた。
(今日は一日先生と一緒にいられるのかな? ……て、そういえば、わたしの特殊能力について話をするんだったっけ)
気分は完全にデートになっていて、肝心な目的をすっかり忘れていた。
(でもまあ、わたしの力の役立て方なんだから、悪い話じゃないのは確かよね)
ふんふんと鼻歌交じりにきょろきょろと道行く人を眺めていると、瞬きをした一瞬の間に、クレイグが目と鼻の先に立っていた。
「せ、先生、いきなり……!?」
クレイグの方もステラが店の前に立っているとは思っていなかったのか、ぎょっとしたように身を引いた。
「……お、おはよう」
思い出したように声をかけてきたクレイグは、白いシャツと脚にぴったりのカーキ色のパンツ、ワイルドなブーツ姿。長い黒髪はいつものように右肩で編んでいる。
学園にいる時のローブ姿とは違って、十九歳という年相応の青年に見えた。均整の取れた体型がくっきりと浮かび上がっていて、思っていたよりもずっと着やせする人だった。
(先生、普段着姿も素敵です……!!)
「……おはようございます!」
クレイグのいつもとあまりに違う雰囲気に、ステラはついついうっとり見つめてしまって、一拍遅れてからあいさつを返した。
「出かける準備はいいか?」
「はい、いつでもどこでも行けます」
「なら、行くとするか」と、クレイグは背を向けてひざを折る。
「ええと……?」
「ほら、おぶってやるから乗れ」
(おんぶって……先生の首に抱きつくってこと!?)
完全な密着状態を思い浮かべただけで、ステラの頭は興奮しすぎてクラクラしてくる。
「まさか、抱っこの方がいいとは言わないよな? さすがの俺も腕がもたないぞ」
さっさとしろと言わんばかりに睨まれて、ステラは「失礼します!」と叫びながら、飛びつくようにクレイグの首筋に腕を回した。
ステラの両脚を抱えてクレイグが立ち上がると、自分の重みのままに彼の背中にぎゅっと押し付けられる。薄い布地越しに、男性のしっかりした体つきがはっきり伝わってきた。
(おんぶ、最高です……!!)
せっかくの機会なので、クレイグの香りを鼻に焼き付けておきたいところ。クンクンと髪に鼻を寄せてみたが、意外とニオイはなかった。
(これじゃ、残り香なんて気づけないわ……)
「先に言っておくが、空中では何があっても絶対に魔法を発動するなよ。そのまま落ちるからな」
「かしこまりました!」
「こら、耳元で大声を出すな!」
「す、すみません……」
服装と同様、学園にいる時とは違って、クレイグの口調も同年代の男子学生のように砕けた感じがする。この親近感がステラにはたまらなく心地よかった。
「しっかりつかまっていろ」というクレイグの声とともに、目線がどんどん上がっていった。
振り返ると、クレイグの足元には緑に光る魔法陣。風の魔法で押し上げているようだ。
店の軒先から二階にある自分の部屋の窓、そして初めて見る『香味亭』の赤い瓦ぶきの屋根――。
空を飛ぶという初めての体験に、ステラはしばしの間、「ほえ~」、「うわ~」と子どものように歓声を上げていた。
やがて雲の近くまで上昇すると、眼下には円形の城壁に囲まれたレジカントの街が一望できる。
四つの塔とそれをつなぐ回廊で正方形を描く魔法学園の学舎を中心に、放射状に広がる道の数々。その合間にぎっしりと埋まっている小箱のような建物――。
(ここに三十万の人が住んでいるなんて……!!)
地図でしか見たことのない光景を目にして、ステラは感激するばかりだ。
それもつかの間のこと、クレイグは北の丘陵地帯に向かって進み始めた。
速度はぐんぐん上がって、地上の景色は流れる緑にしか見えなくなってくる。頬を切る風も冷たくなって、ステラは寒さに震える身体をクレイグに強く押しつけた。
「あの……先生、どこに行くのかまだ聞いていなかったんですけど……」
見下ろせば、すでに陸を離れて、海の上を飛んでいた。向かう先は黒い靄が立ち込めていて、竜巻のように渦を巻いているのが見える。
「北の最果ての島――『魔王城』と言った方が通りがいいか」
風に乗ってクレイグの返事が届いたが、ステラは一瞬聞き間違いかと思った。
(先生となら世界の果てでも行きたいと思ったけど……本当に世界の果てなの!?)
「ま、魔王城って……魔物がウヨウヨしているところじゃないんですか!? こんなデートに毛が生えた程度の装備で乗り込むなんて……」
ステラは完全に恐慌状態に陥るが、クレイグの声は穏やかなものだ。
「心配しなくても魔物はいない。今は俺の城だ」
「先生のお城……? レジカントにあるのでは……うん? あれは総督府でお城とは言わないか」
そういえば、魔王が討伐された後の魔王城がどうなっているのか、授業でも習った覚えはなかった。
クレイグの城と言うからには、もともとは勇者ヘイデンの所有物で、その子孫であるカーヴェル家が代々受け継いできたのかもしれない。クレイグが当主の座についた時に、相続したのだろう。
「それより、気分が悪くなったら早めに言ってくれ」
クレイグが言っているそばから黒い靄の中に突入して、渦を巻く中心に向かって下りていった。
靄で視界が悪くなる中、黒々とした尖塔がいくつも見えてくる。
それが巨大な建物の一部――魔王城だと分かった時、草木一つ生えていない地面にたどり着いた。




