2-5 悩ましい好意(クレイグ視点)
「あれは鋭いのか鈍いのか、よく分からない娘だな」
クレイグはやれやれとため息をつきながら、自身の体を透明化していた魔法を解除した。
外出先から直接学園長室に転移したところ、ステラとオズワルドがどうも聞くにたえない恥ずかしい話をしているようで――思わず隠れてしまった。
(『残り香』とは何だ!? あれは変態か!?)
「そうやってあなた様が逃げるせいで、私が悪者にされてしまうのですが?」
「そう言うお前も、俺がいることに気づいていて、彼女に教えてやらなかったではないか」
「私はあなた様の忠実な下僕ですので、隠れたいという思いを無視するわけにはまいりません」
「どこが忠実な下僕だ。おちょくっているだけだろう」
「おや、逃げていることは否定しないのですね」
「べ、別に逃げているのではない。どういう顔で会ったらいいのか分からないから、様子を見ているだけだ」
クレイグは言い訳したものの、結局ステラから逃げていることを認めたも同然だった。
正直、何のてらいもなくステラに好意を向けられると、どういう反応をしていいのか分からないのだ。
仕事上の人付き合いはあるものの、友人になろうという者はいない。女性に至っては、近寄りがたいと敬遠されることはあれ、恋愛対象として見られることはまずない。
ところが、ステラはそんな距離感を気にしないどころか、一足飛びに乗り越えてグイグイ近づいてくる。
クレイグがはっきりと拒絶の意を示せば、ステラもそれ以上執着することはないのかもしれないが。
それをあえてしないということは、彼女の好意をうれしいと思っている自分がいるということ。だからといって、素直に受け取ることもできない。
(彼女はその好意の意味も、俺のことも知らないんだから……)
クレイグがこっそりため息をついていると、オズワルドが空気を変えるように声をかけてきた。
「ところで、そうして我々に仕事を押し付けて学園を離れている間に、何か収穫はあったのですか?」
「いや。今のところ、あいつの痕跡は見つかっていない」
「あなた様にも見つけられないとは、よほど完璧に気配を消しているということですか」
オズワルドは考え込むように顎に手を当てて、眉根を寄せる。
「ああ。だから、あいつが現れそうな場所にトラップを仕込んでおいた。うまく引っかかってくれればいいんだが」
この十日ほど、クレイグは世界各地を巡って、十八年前にシンシアとともに姿を消した学園の元秘書ランドルを捜していた。
ステラがシンシアの娘なら、その父親はランドルである可能性が高い。
ステラの持つ魔素を消滅させる特異な力――。
あれは生まれつきのものなのか、それとも後天的に与えられたものなのか。いずれにせよ、世界の秩序を根底からひっくり返す力だ。
そんな力を持つステラは、赤子の時に人間の夫婦に預けられて、魔法とは無縁の生活を送っていた。
そのまま放っておけば、彼女が学園に入学することもなく、特異な力が発覚することもなかった。ステラはごく普通の人生を歩んでいたことだろう。
(なぜ、わざわざ俺に近づけた?)
実のところ、ステラの力はクレイグが長年ほしいと思ってきたものだった。
まるで贄のように彼女を捧げられた気分にもなる。
しかし、誰の、どういう思惑か分からない今、安易に手を付けていいものではない。
まずは一番事情に詳しそうなところで、ランドルを見つけ出して話を聞きたいところだ。
「つまり、あの娘を使う前提で、ランドルを捜しているということですか」
「彼女の意思も尊重するが、こちらとしては使えるものなら使いたい。とはいえ、どの道このままでは、毒にも薬にもならないからな」
「あなた様の役に立つとなれば、あの娘は命くらい投げ出すでしょう」
オズワルドはおよそ人間らしからぬ酷薄な笑みを浮かべる。
クレイグは「黙れ」と、ひと言で跳ね除けた。
「彼女はお前とは違う。俺の目的のために、彼女の命を軽んじるつもりはない。覚えておけ」
「申し訳ございません」
オズワルドは神妙に軽く頭を下げた後――
「それほどあの娘を大事に思っていらっしゃるのなら、そろそろ顔くらい見せてやってくださいませんか? モチベーションが下がって辞めると言い出されては、私の方が困りますので」
オズワルドの正しい指摘に、クレイグはウッと言葉に詰まった。
「……考えておこう」




