2-4 クレイグ先生は?
午後はほとんどの時間、ステラはオズワルドの隣に用意されたデスクで仕事をしていた。
任されるのは、書類の整理や郵便物の宛名書き、封蝋印を押すなど、簡単な事務仕事。
午前中の仕事があいさつ回りを兼ねていたというのは、間違いなかった。
「オズワルドさんも魔法使いだったんですね。若い頃は魔物の討伐とかしていたんですか?」
オズワルドは次々と新しい紙をデスクに置いては、その上に右手をかざして魔法を発動、同じ文面の書類を作り出している。
ステラが見たことのない種類の魔法だが、事務仕事には重宝しそうだ。
(もしかして、わたしも物が相手の魔法なら、使っても問題ないんじゃない?)
魔法禁止の身とはいえ、少なからず心惹かれるものはあった。
「私は戦うのが苦手でしてね。こういう事務仕事の方が好きなのですよ」
この学園の教師にしろ、魔法や魔道具の研究者にしろ、現役を引退した魔法使いが多いので、オズワルドのような人は珍しい。
人には向き不向きがあると、養父のブルーノも言っていたが――。
「わたしのこの特殊能力は、何かの役に立てられないんですかね」
ステラは頬杖をついて、ついぼやいてしまった。
意外なことに、オズワルドから反応がある。
「ないこともないと思いますが――」
「あるんですか!?」と勢いよく振り返ったが、オズワルドは黙々と書類の複写を続けている。
ステラは彼から目をそらさず、根気よく返事を待った。
「そういうことでしたら、学園長に聞いてみるといいですよ。あの方はとても知識豊富ですから、良い案を出してくださるかもしれません」
「ちなみにオズワルドさんの案も聞いてみたいんですけど?」
「余計なことを言ったと叱られそうなので、黙っておきます」
「ええ~……」
ステラは口を尖らせたが、オズワルドからは何も聞けなかった。
「ステラさん、おしゃべりはここまでです。手が止まっていますよ」
「はい、すみません」と、ステラは姿勢を正して自分の作業に戻った。
魔素を消してしまう厄介な能力。何かの役に立てられるのかもしれないと思うと、ステラの心は弾んだ。
(今度クレイグ先生に会ったら、聞いてみよう)
そう勢い込んで毎日仕事に励んでいたのだが――。
十日以上経っても、クレイグの姿を見ることすら叶わなかった。
*
「わたし、もしかしてクレイグ先生に避けられているのでしょうか……?」
一日の仕事が終わって退勤する時、ステラはこのところ気になっていたことを、ついにオズワルドに聞いてみた。
「何を言うかと思えば。学園長はお忙しいので、必要な時しか来ないだけだと言ったでしょう」
「それは分かっていますけど……」
クレイグは学園長職の他にも、レジカント自治領の総督としての政務がある。
学園にはオズワルド、総督府にも総督代理が置かれているものの、最高責任者のクレイグが彼らに全部任せっぱなしというわけにはいかない。
他にも各国から要人を迎えたり、研究機関などを視察したりと、クレイグはとにかくやることが多く、あちこち飛び回っているという。
特に学園は後期に入ってダンジョン実習中なので、前期のようにクレイグが教師として授業に来ることもない。年が明けて新一年生が入ってくれば、また魔法史の教師として学園にいる時間も増えるらしいが。
クレイグが学園長室にいるのが当たり前だと思っていたステラは、『騙された!』のひと言だ。
「そうそう、すれ違いも何度かありましたね」
オズワルドは右目のモノクルをくいっと上げて、クツクツと含み笑いをする。
「先生がいらっしゃった時があったんですか!? どうして教えてくれなかったんですか!?」
「あなたに教えたところで、何か意味がありましたか? お忙しい学園長をあなたのために引き留めたりもできませんし」
だんだん分かってきたが、オズワルドはけっこう意地悪だ。どちらかというと、ステラをからかって遊んでいるような気もするが。
「それはそうですけど……!! 知っていたら、先生の残り香くらいかげたかもしれないじゃないですか!」
「愛しのクレイグ先生の香りくらい、あなたなら気づくかと思ったのですがねぇ」
「くっ……」と、ステラは悔しさに拳を握りしめる。
この鼻の悪さが呪わしい。
「ともあれ、あなたの働きぶりは伝えてあります。この調子で頑張ってほしいとおっしゃっていましたよ」
「ほんとですか!?」と、ステラはぱあっと満面の笑みを浮かべてしまう。
「ですから、学園長に会うためにこの部屋に居座るようなことはしないように。仕事が終わったのなら、さっさとお帰りなさい」
ステラの頭の片隅にあった考えは、オズワルドに先回りされて打ち砕かれた。
「……はい。お疲れさまでした」
ステラは荷物を持って、すごすごと職場を後にした。




