2-3 勇者パーティ、ナニソレ
五百年ほど昔のこと、『最果ての島』と呼ばれる世界最北に位置する小さな島に、魔王が誕生した。その強大な力に呼応するように、世界各地で魔物の出没が相次いで、人類は滅亡の危機に瀕していた。
各国から剣士や魔法使いを集めては、魔王討伐に挑んだものの、無事に帰ってくる者は皆無だった。
その二百年後――今から三百年前、魔王はついに倒されることになる。
それを成し遂げたのは、アルトナ王国の南部にあるレジカント村出身の青年ヘイデン・カーヴェルと、四人の仲間たちだった。
たった一人生き残って凱旋したヘイデンは、勇者として世界各国から大いに賞賛された。
しかし、その後は表舞台に立つことはなく、故郷の村で結婚して、子どもに囲まれて静かな余生を過ごしたという。
その彼が繰り返し口にしていたのは、『魔王はいずれ復活するだろう』という予言めいた言葉。
それを証明するかのように、魔王が消えても世界各地で魔物は生まれ、討伐を繰り返す日々は続いていた。
いずれ復活する魔王に対抗できる新たな勇者を育成するために、ヘイデンの子孫が建てた学校がカーヴェル魔法学園の前身になる。
貴賤を問わず魔法適性がある少年少女を世界中から集めて、人工ダンジョンを使って彼らの能力値を上げる。
ダンジョンは魔王との戦闘を想定した造りになっていて、百階層のボス――ブラック・ドラゴンを倒せれば、ヘイデンと同じ力を持つとみなされる。
学生たちがまず目指すのは、八十階層のボス――レッド・ドラゴンを倒して、『魔導師』の称号を獲得すること。そして、その中でも最強の五人で構成される『勇者パーティ』に入ること。
もちろんヘイデンの直系子孫であるクレイグも、そのメンバーの一人に入っている。
といっても、この『勇者パーティ』は名前だけの名誉称号でしかない。
魔王ほどの強敵がいない以上、わざわざ勇者パーティが召集されることはないのだ。
実際、そんな非常事態はここ百年以上起こっていない。
それでも魔法使いになったからには、『勇者パーティ』は誰もが憧れる称号になっている。
メリッサも勇者パーティを目指していた魔導師の一人で、現役を退いて学園の教師になっても、その憧れはまだ捨て切れていないらしい。
彼女の果たせなかった夢は、教え子たちに引き継がれていく。
魔法使いとしての才能がゼロに近いステラからすると、そもそものスタート地点が違った。
(勇者パーティ? 魔王討伐? ナニソレでしかないって……)
そうでなくても、もう二度と魔法は使わないと決めたのだ。
世界のためにも、自分や自分の大切な人たちを守るためにも――。
*
「ただの雑用係ですけど、わたしは自分の幸せのために将来を選んだので、後悔はしていません」
ステラは表情を引き締めて、メリッサにきっぱり告げた。
「あなたが納得して決めたことなら、わたしから言うことは何もないわね。生徒の意思を第一に、尊重するのが教師の役目だもの」
「先生には感謝しています。短い間でしたけど、学園の生徒として有意義な時間を過ごせました」
ステラはひざの上で手をそろえて、ぺこりと頭を下げた。
「頭を上げて。これからは同じ学園で働く同僚として、よろしくね。何か困ったことがあったら、相談してくれていいから」
「ありがとうございます!」
メリッサの笑顔でステラも緊張が解けて、食事の続きに戻った。
「それで、仕事の方はどうなの? 大変じゃない?」
「体力勝負の仕事って感じですけど、難しいことはないです。ほんと、雑用だけですから」
「そう? なら、よかったわ」
メリッサはほっとしたように表情をやわらげた。
「オズワルドさんって忙しそうなのに、今まで手伝う人はいなかったんですか? それとも誰か辞めてしまって、わたしが代わりに雇われたとか?」
「わたしもここに勤めて十年になるけど、学園長室付きの雑用係はいなかったはずよ。たとえ誰かが雇われたとしても、すぐに辞めることになっていたんじゃないかしら」
「そ、それ、どういう意味ですか!? まさかオズワルドさんって、部下をイジメるような人だとか!?」
(雇ってもらったって喜んでいたけど、まさかのぬか喜び!? オズワルドさんにいびられて、数日でやめたくなっちゃうの!?)
ステラがぎょっと目を剥くと、メリッサは手をひらひらさせて笑った。
「いえ、悪い人とかそういう話ではないのよ。前学園長の時代から秘書をやっていて、クレイグ先生も頼りにしている優秀な方だし」
「ええと、つまり……?」
「単に体臭がキツいの。本人に言ってはダメよ」
メリッサは人差し指をしぃっと唇に当てて、茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。
「体臭? もしかして加齢臭とか?」
オズワルドの正確な年齢は知らないが、白髪やシワの様子から判断して、中高年なのは間違いない。体臭がキツくなるお年頃だ。
「あなたは平気なの?」
「ニオイが分かるほど近くに寄ったことがないので……」
「そう? あの人が用事で講師室や教室に来ることがあるんだけど、その後は窓を開けて換気するくらいに悪臭をまき散らしていくのよ」
「それはまた……」
何ともコメントに困る話だった。
「本人もそれが分かっているから、よほどのことがない限りは学内をうろついたりしないんだけど。学園長室なんて、五分もいたら気分が悪くなるわ。よほどのことがない限り、行きたくない場所ね」
(もしかしてオズワルドさんが昼食を外で食べるっていうのも、周りの人に気を遣ってのことだったのかな……?)
あの時、『え、なんでですか!?』などと根掘り葉掘り聞くようなことをしていたら、失礼に当たるところだった。
下手をしたら怒らせて、出勤初日に即日解雇になっていたかもしれない。
危ない、危ないと、ステラはこっそり胸を撫で下ろした。
「でも、クレイグ先生は気にしている様子はありませんでしたけど」
「あの方ならニオイ除けの魔法を常時発動することくらい可能でしょうよ」
「おお、さすがクレイグ先生ですね!」
「そういう経緯もあって、あなたがオズワルドさんの代わりに学内で雑用をしてくれるのは、職員みんなありがたいと思っているの」
「それ、素直に喜んでいいのか、微妙なんですけど……」
メリッサとそんな話をした後だったので、ステラは学園長室に戻った時に、一応ニオイをかいでみた。
(別に気になるニオイはないけど……わたしの鼻が悪いのかな)
「何か?」
すでにデスクについていたオズワルドの目がぎょろりと向けられる。
「いえ、何でもありません! お仕事は何をしたらよいでしょうか!?」
オズワルドに仕事をおおせつかって、ステラは逃げるように学園長室を飛び出した。




