【2】ポーンの交流
「おはようございます〜!今日も素敵な天気ですね!」
軽やかにスカートが揺れ、跳ねるような足取りは天使のようだ。
扉を勢いよく開け放ってレティシアは笑った。その頰は熟れた果実のように瑞々しく、琥珀色の眼は春の光を湛えている。
旧図書館。学園の敷地の隅にひっそりと佇むその建物は、瀟洒ながらも重厚感のある趣である。
もう忘れられたその建物に、レティシアは毎日のように通っていた。会いたい人がいるからである。
「ブランノワール様!」
「どうした」
手元の本に落とされていた檳榔子黒が、ふっと上がる。当たり前のように私を見てくれる貴方が、涙が滲むほど嬉しかった。
頬を花のように染めたレティシアは、向かいのソファに座る。美しい顔を見ては、密やかな吐息を溢すのである。
美貌の持ち主は、当たり前のように己の顔面に逆上せ上がる人間に慣れているらしい。問い掛けたというのにうっとりと己を見つめたままのレティシアに不快さなど欠片も無い。
「今日は何の用だ?」
「アッ!あ、あのっ!今日は、此処を教えて貰いたくて」
「嗚呼……この国の歴史か」
「今まで馴染みが無かったので、歴史とか苦手で……」
「まぁそうだろうな」
軽く頷いたウィリアムは、眼差しを差し出した教科書の上に落とす。しなやかな指が、細い文字に触れる。
「最早これは建国史で神話に近いが……。この時、たった1人の弟を喪ったばかりの建国王、アーサーは国の果てで怪物と対峙した。その怪物は鋼のように硬く、目は炎のように赤い。怪物の腹を割くと、そこには金銀財宝や数多の武器、そして一振りの剣があった。それは、弟の愛剣であり、弟が死んだ時に奪われた形見。この剣をアーサー王は生涯傍に置き、いまでは国宝だ。さて、この怪物は何だと思う?」
「えっ!?ば、化け物だから……モンスター、とか?」
「ほう?」
「アッアッ、ドラゴン!きっと人喰いドラゴンですよ!」
あわあわと素っ頓狂な声で答えるレティシアを見る眼差しは穏やかだ。
「いいや、違う」
「あっ、そうなんですか?」
「いいか。『歴史は寓意と想像に満ちている』。恐らく、当時、鉄器を使った敵性集団がいたのだろう。ありきたりな侵略物語だ。
腹を割くと書いているが、恐らくこれは敵を殺して金銀財宝を奪いましたという意味だな」
「そうなんですね……」
ぱちくりと目を瞬いてレティシアは首を傾げた。田舎育ちのレティシアにとって、歴史など小難しくて訳の分からないものの象徴である。歴史を知っても腹は膨れないというのが平民としての正直な気持ちであるし、あまり熱意もない。
嗚呼、けれど。
目の前のこの人は、無知で愚かなレティシアを馬鹿にしないから。きちんと教えてくれるから。
レティシアは、今日も苦手な教科書を携えて通うのである。
さて。
集中していると時も経つ。ぽつりぽつりと言葉を交わしながらも、教科書に向き合っている。
「お疲れさまです」
そっと視界に入ったティーカップに顔を上げると灰色の髪の青年がにこりと微笑んだ。いつの間に居たのだろう。「あ、ありがとうございます」と口籠もりながら、素直に香り高いそれに口をつけるのもいつものことである。
「ほーら、主人。オヤツの時間ですよ」
「不要だ」
「アンタ朝も昼も碌に食べてないでしょこれぐらい食べてください」
「不要だと言っている」
「あーあー、そんなこと言っちゃっていいんですかねぇ!目の前のレティシア嬢はこーんなに素直に私の淹れたお茶を飲んでくれるっていうのに!!よりによってお仕えする主人に飲んでもらえないなんて!あーあ、可哀想な私!あーあ、なんて可哀想な茶葉を選んで蒸らし時間まで考えて手間暇かけて淹れたこの紅茶!」
「………」
舞台役者のような身振り手振りで嘆く執事に、ウィリアムはひとつ溜息を吐いた。渋々と言わんばかりにティーカップを持ち上げて、覗き込んだ青年は沈黙する。
「ジョーカー」
「はい。何でしょう主人」
「これはなんだ」
差し出したティーカップの中には、ドブと汚い池の水を煮詰めたかのような粘性の液体が揺れている。
「素材の味です」
にっこりと笑った執事に、黙ってウィリアムはコップに口をつけた。なんとまぁ、主従らしからぬコンビである。
ジョーカーと言う名の執事は、ウィリアム・ブランノワールを陰日向に支える側近であった。
ウィリアムのいる所にジョーカー有りと言うべきか。レティシアが旧図書館に初めて訪れた時、当たり前のように出迎えたのが彼である。灰色髪の青年に、「あぁ、貴方がレティシア嬢ですね?初めまして、私、ウィリアム様にお仕えするジョーカーと申します」とにこやかに話しかけられて飛び上がったものだ。
「どうです?不摂生を極める主人のために開発した私謹製の栄養満点完全流動食は」
「これを美味いと言う人間がいたら、そいつの来世に期待する程度の味だな」
「いやぁ!そんなに褒めないでくださいよ!」
「端的に聞くが、お前は私の舌を壊すつもりか?」
「そんなわけないですって!ありとあらゆる身体に良いものを入れさせていただきました」
「そうか。お前の芸術性も来世に期待だな」
そう言いながらも、表情ひとつ変えず明らかに不味そうな液体を淡々と流し込んでいるのだから、情緒が可笑しくなる。飲み切った後は、気怠げな仕草で煙草に火をつけた。
どこか甘くもほろ苦い匂いが微かに香る。わざわざ顔を背けて煙を吐いてくれる貴方にーーー胸が苦しくなる。
レティシアは、旧図書館に訪れるようになって。
ウィリアムという青年が、思っていた以上に穏やかで聡明、故に公平であることを。
ウィリアムという青年が、明らかに無礼な執事を許し従者にあるまじき暴挙を許すほどに寛容であることを。
「どうした?」
長い睫毛が持ち上がり、あらわれる檳榔子黒に息を呑む。魔性と言うには美しすぎるこの人が。
ーーー神様ではないことを知ったのだ。
「あっ、あ、いえ!」
ハッとしてレティシアは首を振った。黙り込んだレティシアに気づいていたのだろう。当たり前のように掛けられた穏やかな声に、胸の奥がギュウッと苦しくなる。
二対の目線が己に向けられて、己の言葉を待っている。焦ったレティシアは、視線を彷徨わせて。アッ、とふと思い出したことに声を上げた。
「ずっと気になっていたんですけれど。ジョーカーさんはどうしてその名前なんですか?アッ、あのっ、ジョーカーさんの名前が悪いわけではなくて!なんか不思議な名前だなって思ってて……」
「よくぞ聞いてくれましたレティシア嬢!!!」
萎んでいく言葉を引き取るかのように声を張り上げたのはジョーカー本人である。
「私は、主人に拾われてお仕えするようになったのですが」
名前が無かった孤児に、開口一番この人なんて言い放ったと思います?
「え、えぇ?〝今日から君はジョーカーだよ。よろしくね〟……みたいな?」
「〝お前、名前がないと不便だな……ああ、ジョーカーでいいか〟って!机に山になってたトランプから適当に引いたカードを見て!!!」
「わァ………」
ちょっと擁護できないかもしれない。正直レティシアはそう思った。
「初めて名前を貰えるという一般的にはドキドキイベント!ずっと名無しだった私が、自分だけの名前を貰う!!!一生に一度の大イベント!!!」
ダァン!と机に両手をついて、ジョーカーが項垂れる。
「どうして!よりによって、直前までババ抜きやってたテーブルからジョーカーを引いたんです主人……!」
「よりによって」
ポーカーでもブラックジャックでもなく、ババ抜き。ババ抜きやってたんだ、ウィリアム様……。
思わず見てしまったレティシアに気づいたのだろう。ぴくりと眉を動かしたウィリアムは、静かに口を開く。
「言っておくが、あの時勝ってたぞ」
「そういうこっちゃねーーんですよ!!!」
ダンダァンッ!!!と今度は二打。
「というか、勝ってたということは最後アンタの手札にジョーカー無かったってことですよね!!?!?!ジョーカーを他人に押し付けて勝利したってことですよね!?!!?!?」
「そうだな」
「人の心ォ!!!」
「ワァ………」
なんて事でしょう。流石のレティシアも、突っ伏して頭を抱えてしまったジョーカーに慰めの言葉を掛けられない。というか、この状況でなんて声を掛けろと?
〝ジョーカー、カッコいいじゃないですか!ペアにして捨てられない、唯一の存在で!〟
無理である。皮肉にしかならない。
「あ、あー!ブランノワール様、ゲームお得意なんですね!」
「ああ、まぁ一通りはするな」
「一通りどころか。古今東西のゲームというゲームに手を出してるほどお好きですよ」
「まあ、いい暇潰しになるしな」
「舐めないほうがいいですよ、レティシア嬢。この人これでやたらめったら強いですからね。〝暇潰しに付き合え〟とか言われて優しさ出して付き合っちゃ駄目ですからね。容赦なんて一個もなくボッコボコのベッコベコにしてプライドも何もかも叩き潰してくるんですから」
「お前が弱いのが悪い」
「はァーーーッッ!うちの主人こういうとこある!!!」
キィーッとハンカチを噛み締めるジョーカー。全くもって騒がしい男であった。
「ちなみに、ブランノワール様はどんなゲームが好きなのですか?」
「好きなゲームか……」
ひとつ、翅のような睫毛が震える。
「チェス、だろうか」
「チェス!素敵ですね!」
「ええ、えぇ!チェス素敵ですよね!ババ抜きよりよっぽどね!」
「駄目ですブランノワール様この話題全部爆弾です止めましょうこの話」
「嗚呼、お前最速の4手でチェックメイトだったな」
「ブランノワール様!!!」
「ハァーーーーッ????あれは幼い頃のことでしょう今やればそんな無様は晒しませんし!」
「そう言って、3日前に5手で詰んでいたな」
「ブランノワール様!!!!!」
息をするように煽るの止めて欲しい。ほら、拗ねてジョーカーさんがブランノワール様のティーカップにおかわりの完全栄養ドリンクをドボドボ注ぎ出したではないか。表面張力ギリギリまでなみなみと注いでいるというのに、その動きが優雅なのは流石だというところか。
「ジ、ジョーカーさん!チェスだったら、何の名前が良かったとかありますか!?」
「チェスだと何がいいか……?」
うーんと考え込んだジョーカーは、端正な顔をニンマリと歪めて笑う。
「ルークとかどうです?主人をお守りするルーク、カッコいいでしょう?」
「ええ!確かに素敵ですね!」
「お前がルークとは、また殊勝なものだな」
ウィリアムが鼻で笑って言い添えてくる。そのまま口を開いて。
「私は差し詰めポーンと言ったところか」
「いや、それは無いだろ」
「正気ですか?」
流れるように正気を疑われていた。
ジョーカーでさえ言葉から敬語が外れている。
いやよりによって。
ポーンは無いだろう。
レティシアでさえ分かる。
ポーンとはただの歩兵。最弱の駒。
この美しき大貴族を表すのに、これ以上不相応な駒はない。レティシアは身を乗り出して。
「ポーンって、私みたいなのを言うんですよ!」
「嗚呼、確かにそうだな」
軽い調子の相槌に、息の根が止まる。
頬を打たれたかのような顔で口を噤んだレティシアを前に、その美貌は滑らかな無表情のままだ。
花も霞むほど際立つ檳榔子黒がひとつ瞬いて。
「ポーンはクイーンになるからな」
ーーー貴方が、私を見ている。
震える息が、唇から零れ落ちた。
よりによって、真っ直ぐ私を見つめて、そんなことを言うの、貴方。
本当に、堪らない。そんな言葉一つで、先ほどの絶望も衝撃も、何処かに行ってしまったのだから安い女だ。耳まで熟れた不細工な顔を、俯くことでしか隠せない。
貴方が人であることを知るたびに。
貴方が神様でないと知るたびに。
どうしようもなく胸が苦しくなる。
どうしようもなく顔を上げたくなる。
……本当に、ずるいひと。
「貴方に、そう信じてもらえるのなら」
その声は、哀れなほどに小さかった。無様なほどに震えていた。それでも、少女は精一杯微笑んだ。精一杯の勇気で顔を上げた。
「きっと私、クイーンになるまで頑張れます」
愛らしい瞳は、透徹とした光を宿していた。
***
「ブランノワール様。ご存知ですか?最近、別人になれる化粧というものが流行っているそうですよ」
「そうか」
「私もそのような化粧をしてみたいものです」
「いらないだろう、お前は」
「あら、嬉しい」
淑やかに口角を上げて、レティシアは微笑んだ。ティーカップを持ち上げて口をつける。たったそれだけなのに、ハッとするほど洗練されている。
レティシアとウィリアムが出逢ってから一年が経った。学年の終わりになると、レティシアの周りには当たり前のように人が集まるようになった。平民もーーー貴族も。
旧図書館に通うようになって、図らずとも王位継承権を持つような大貴族であるブランノワールの嫡男と、その執事と関わるようになって。
みるみるうちに、彼女は洗練されていった。
言葉も、仕草も。
数ヶ月も経てば山猿から脱し、視界に入れてもいいカカシ程度になって。男爵令嬢、子爵令嬢と交友を繋ぎ、頭を下げて礼儀作法を習って。血の吐くような努力を目に留めて上位貴族にも目を掛けられるようになった。
その努力の原動力となった理由を、誰にも語らず。
ただ、直向きに健気に真摯に努力し続けていた。2年生からは、末席の末席ではあるが今まで貴族しか許されなかった生徒会の庶務に内定しているくらいである。
彼女は認められた。
人間として許された。
レティシアは、変わらず旧図書館に訪れ続けている。
「貴族に限らず、女性の美への執着心といったものは、恐ろしいものがあるからな」
「そう言えば、白雪のように美しい肌になれる白粉や、ハッとするほど鮮やかな口紅。今までにないほど美しく魅力的な色布が流行っているらしいですものね」
「そう言えば、最近よく見る気がするな」
「学園でも、化粧や服飾に取り入れている女生徒もたくさんいるのですよ」
「そうなのか」
黒髪が揺れ、細く立ち昇る紫煙がふとかき消える。
夜空も霞むほど美しい檳榔子黒と視線があって、レティシアは微笑んだ。化粧知らずの薔薇色の頰が、彼女の魅力を引き立てている。
「美容に傾倒するひとは多いみたいですね。最近は医学の要領で、肉を切って痩せるという恐ろしい話も聞きますが……女性だけでなく、身長を伸ばしたり、声を低くしたりといった男性もいるのだとか。眉唾物ですけれど」
「うっわ恐ろしい……!正気なんですかね?肉を切るって。怪我しているわけでもあるまいに」
「ジョーカーさんもそう思います?」
「アーでも、気持ちはわかります。男でもやっぱり背が高い方が魅力的みたいなのありますもんねぇ」
「そうなのか」
「そりゃそうですよお。モテますもん」
そんなことを言いながらお代わりの紅茶を注ぐジョーカーであるが、彼の身長は学園の男性陣の中でも頭ひとつ抜けて高い。何なら、彼の主人であるウィリアムよりも高いくらいだ。
「まぁ、恐ろしいとは思いますけれど。美しくなりたい、より完璧な自分になりたいと思う気持ちは分かります」
「やっぱりレティシア嬢もそうなんですね」
「ええ。やっぱり、人間は分かりやすい美しさというものに憧れて手に入れたくなるものなのです」
「そうなのか?」
レティシアとジョーカーは、黙って声の主を見た。
宵色の髪は、絹のように気品ある滑らかさ。さらさらと流れるそれが、月光を固めたかのような真珠色の肌を無造作に彩っている。冬の闇より艶やかな檳榔子黒の瞳は、落星の欠片を溶かし込んだかのように一層澄んだ輝きを放ち。みっしりと揃う睫毛がゆったりと動く様は、凍蝶が絶命の間際に震わせた翅のようであり、零れる直前の花が最後に震わせた一片のようであった。
国色典雅。傾城傾国。羞花閉月。
どのような美辞麗句を並び立ててもどれもが劣る。
高雅で怜悧。優雅で玲瓏。
凄絶にして凄艶な、月魄の美貌である。
「…………」
「…………」
「「…………………」」
「やっぱり、人間って顔じゃないですよね!」
「うんうん!私も中身が大事だと思いますよ!」
にこにこと笑って2人は顔を見合わせる。
彼らは、ウィリアムが思わぬところで天然……純粋なことを知っていた。同じく、己が興味がないことは一切視界に入らず……故に、時に突拍子もない発言をすることを知っている。
その瞬間、2人の思考は一致していた。
((あの顔面に、どうやって納得させる!?))
人類の努力が成す術なく敗北を喫するであろう、天然物の顔面である。
「そ、そういえば!レティシア嬢にはこうなりたい!みたいな憧れの人っているんですかね!?」
忙しなく瞬きをしながら、ジョーカーが言った。
アイコンタクトどころか、もはや必死すぎて目が痛い人になっている。
「憧れの人……ですか」
レティシアは、ゆったりと煙を燻らせるウィリアムの横顔にポッと頰を染めて……、
「妃殿下、かしら」
と言った。
妃殿下。この国で、そう呼ばれるのは、王妃亡き後に輿入れした側妃である。元は王妃殿下の侍女であり、王太子の誕生を追うように儚くなられた王妃に代わり、王を献身的に支え王太子を実の母のように育て上げた女傑である。
それでいて、王妃を尊重し、側妃の座から決して動こうとしないものだったから、大したものだ。
王に「何故、王妃にしてやれないのに、其方は尽くしてくれるのか」と問いかけられた際、「愛しておりますから」と答えたという話は、今でも語り草となっているほどだった。
「愛情深く、聡明で、美しき妃殿下。やっぱり、理想はあの方かしら」
「嗚呼、」
しっとりとした声が、空気を震わせた。檳榔子黒が、ひとつ、ふたつと瞬いて。
「あの方は、確かにすごいな」
と、そう言った。ウィリアム様が他人を明らかに褒めるのは初めてで。顔を見合わせたレティシアとジョーカーは、ぱちくりと視線を合わせて。不思議なこともあるものだ、とそう思ったのだけれど。
(こんな昨日の今日で、また別の美貌を見るとは思わなかったわ)
「君が、レティシア嬢かな?」
張りのある、伸びやかなテノールの声。その声は、他者を従わせることにあまりにも慣れている。
「私は、アロイス・グランバナル」
太陽の下で金髪が輝き、エメラルドを嵌め込んだような瞳がゆっくりと細められる。
美しい青年だった。
ウィリアムの性別を超えた美しさとはまた違う、気品ある男性美であった。
「ブランノワールの悪逆を知っているかい」
「……悪逆?」
思わず、礼儀を忘れて返してしまったレティシアに、形のいい唇を歪めてアロイスは笑う。
「ブランノワールの双子」
息の根が止まる。
それは。あまりにも悍ましい言葉であった。存在してはならない言葉であった。
「あの男は、畜生腹だ」
ゾッとするほど薄暗い眼差しで王太子は微笑んだ。




