舞台で狂うは変態か人形か
久しぶりの投稿です。
今回は新入生闘技祭一回戦二試合目。優しい目で変態君を見てくれると彼もきっと報われると思います……たぶん。
負けたセレナを見て、ルティは一抹の不安を覚えた。
ただセレナが負けたというだけでないような気がした。
観客席からはセレナとユーロンの会話なんて聞き取れない。だけど、ユーロンの槍が眩い黄色の光を放ったあたりから様子がおかしくなっていた。
恐れというにはあまりにも憎しみがこもった瞳で、
怒りというにはあまりにも絶望した表情で、
ユーロンを通して何か別のものを見ているようだった。
それがセレナにとって悪いものであることは間違いないと思う。
だから、早くセレナの元へ行かなければ。
そう思っていたはずなのに、立ち上がって向かおうとするルティを止めたのはロイドだった。
「どこいくんだ、ルティ?」
「セレナのところ」
「正気か?自分の試合が控えてるだろ?」
「正気だよ。だって友達だもん」
はぁ、とロイドは軽くため息をつく。そして、鋭い眼光をルティに向ける。
「他人の心配もいいとは思うけどな、まずは自分の心配をしろ。優先すべきは自分の試合だろ」
「そうなのかもしれないけど、僕はセレナのところに行きたい」
それは、他人から見たらただの子供のわがまま。
「おい、ルティ。分かってんのか?この闘技祭は憲兵団に近づくための大きなチャンスなんだぞ?俺たちの夢を叶えるチャンスなんだぞ?」
だから、ロイドは苛立つ。自分たちの夢より、まだ出会って間もない他人を優先することに。
だけど、ルティにとっては違う。
「分かってる。でも、僕にとっては目の前の友達に手を差し伸べられないなら、憲兵団に入っても何も救えない」
新緑のエメラルドグリーンの瞳は静かに決意の炎を燃やしているようであった。その瞳になったルティを止めることはできないとロイドは知っていた。
「安心してよ、ロイド。ただ会いにいくだけだから、試合にそう影響しないよ。それに、さ、僕はどんな手を使ってでも憲兵団に入るから。絶対に憲兵になるから」
ルティは目を細め、細やかな笑みを浮かべる。控えめな表情とは裏腹に彼女からは絶対的な自信が放たれている。
そして、それを言うや否や、ルティはセレナに会いにこの場を立ち去った。
「あんなこと言うなんて反則だろ……」
ロイドは頭をかき、複雑そうに乾いた笑みを浮かべる。取り残されたロイドのこぼれた言葉を拾ったのはレアンだった。
「ルティ殿のああいった真っ直ぐな姿勢は敵ながら天晴れでありますな」
「ルティは能天気すぎるんだよ……。一回戦目の相手は一度負けたことのある相手だっていうのに、何やってんだよ」
「でも、ロイド殿はルティ殿を止められなかったでありますな」
「止めようとしたってルティは止まらないからな」
「それだけでありますか?」
「………」
無言のロイドをレアンは是と受け取り、ニヤニヤとからかう。
「惚れた弱みでありますな、ロイド殿」
「ばっか、別に惚れてなんかねぇよ!」
「そうでありますか?でも、ぼくやリアンも若に惚れているから、ついてきてるのであります」
惚れたという言葉を恋愛的な意味で捉えていたロイドは顔を真っ赤にして否定したが、レアンの意味する惚れたと違うことに気づき、騒ぐのをやめる。
「気高く、どこまでの自分の正義を貫く姿は本当に眩しいであります。若はぼくらにとっての光であります。ぼくらはその光に魅せられたであります」
魅せられる。その言葉がロイドの奥底にストンと落ちる。
大胆不敵に笑うところ。自由に生きるところ。愚直に夢を追いかけるところ。
ああ、たしかにロイドはルティのそういった部分に魅せられている。
それを惚れたというのなら、認めよう、ロイドはルティに惚れている。
「あぁ……。そうだな、惚れてるのかもな」
「おや、今度は否定しないでありますな」
「おまえの言うことに一理あったからだ」
「なるほどであります」
だから…と、ロイドは一息ついて鋭い眼光をレアンに向ける。
威嚇するような、警戒するような。
ルティに惚れているからこそ、ロイドはレアンに噛み付く。
「レアン、ルティと戦う時は正々堂々とぶつかれよ?」
なぜなら、ルティの一回戦目の相手はレアン。そして、レアンは一度ルティに勝ったことがある。
ロイドにとって目の前にいる少年は、自分の惚れた相手を倒した憎い存在だ。
レアンは話の合うルームメイトであり、友人だ。しかし、ルティに彼は一度勝っている。それが、ロイドの心情をより複雑にする。
「もちろんでありますよ。ぼくは若のために戦う。今回もぼくは勝つであります」
だけど、レアンも気持ちは譲らない。彼も戦う理由がある。それが、自分のためではなく、誰かのためだったとしても。
ユーロン・アレクシア。
レアンの主人であり、惚れた相手であり、戦う理由。
全ては若のために。
レアンの行動原理はこの言葉に集約されている。
いや、レアンだけではない。
「……それより、そろそろ始まるでありますよ、ロイド殿」
レアンは闘技場に姿を現した二人の影に目を向ける。
「一回戦目、第二試合!バガル・パルノール対リアン!」
一人はガタイの良い陽気な雰囲気を纏った青年、バガル・パルノール。
そして、もう一人は無言を貫く黒髪の青年、リアン。
信仰とも言っていいだろう。リアンはレアン以上にユーロンに自身を捧げている。
自身の存在意義は全てユーロンのためで、それ以外はないと。自身は一人の人間ではなく、ユーロンの道具であるべきだと。
同じ家族であるレアンでさえ心配するほどの信仰ぶり。
ユーロンはもちろんリアンも、レアンも、大切な仲間として見ているのはレアンも知っている。
でも、何故かリアンにはそれが届かない。
リアンの性格ゆえなのか、結局は知る由もない。
ただ、わかることは一つ。
「全ては若のために、ぼくらは全力を尽くすのでありますよ、ロイド殿」
まだ、誰かのために戦うことを分かっていないロイドにレアンは言葉をこぼした。
「リアンはん、同じ魔術工芸代表者同士、よろしゅうな」
バガルは陽気にリアンに声をかける。これから試合だというのに緊張感もないヘラヘラとした笑顔で手を伸ばすバガルに、リアンは表情筋を動かすことなく無言で見つめる。
その無言の重圧にバガルは冷や汗をたらす。異性に対しては異常な食いつきを見せるバガルではあるが、同性に対してはそこそこコミュニケーションはとれる自信はあった。しかし、リアン相手には全く歯が立たなかった。
それに加えて、困ったことに結局バガルはどういった魔法道具をリアンが使っているのかは分からないままだった。同じ魔術工芸代表として選ばれたため一緒に練習したりもしたが、それらしい魔法道具を使っているところは見てなかった。
確かに魔術工芸の場合、魔法道具が戦いの肝となるため、あまり手の内を見せるべきものではない。だから、バガルも一緒に練習するときはとっておきの魔法道具は使わないでいたし、情報として相手に与えてもいい魔法道具しか使わなかった。
今回の新入生闘技祭の対戦順はランダムとはいえ、同じ学科の代表同士が当たってしまうのはイレギュラーなことだった。特に魔術工芸は武芸や魔術技芸と違い、力で相手をねじ伏せるというよりか、相手の裏をかいて隙をつくといったスタイルの戦い。その場の起点の効いた発想や、事前の情報が大きく戦いに影響する。
つまり、魔術工芸同士の対戦は闘技祭で戦う前から、情報戦としてすでに始まっていた。
結局リアンの魔法道具も、戦い方も、性格すらもよく理解できていないバガルはこの情報戦では遅れをとっていた。
「って、うおわぁっ!?あ、あぶなぁ!!」
だから、下手に相手の懐に入ることもできず、攻撃の最初の一手を許してしまった。
「…………」
眉一つ動かさずリアンは疾風のような人間離れした速さで回し蹴りをする。
バガルは野生の感なのだろうか、一瞬の攻撃を察知し、なんとか左手一本のかすり傷を犠牲にかわすことができた。
しかし、ここまではバガルの想定範囲。そもそもバガルはリアンと練習しているときはこの体術を既に見ていたからだ。
いや、正確に言うと、体術しかみていない。
魔術工芸の代表だというのに練習中は一貫してリアンは魔法道具を使うことなく、体術しか鍛錬してなかった。
体術のみの戦いなら魔術工芸ではなく、武芸だ。でも、魔術工芸担当教師はリアンの戦いに文句を言っていなかった。
つまり、リアンは大きな隠しだねを持っている。
「リアンはん、いい加減、体術以外できてほしいな〜。ワイも流石に練習のときから見とるから流石に飽きてもうたわ」
「…………」
相変わらずの無言。バガルは早々にコミュニケーションをとるのを諦めざる得ない。
「しゃあない。リアンはん、なーんも言わんからこっちも好きにさせてもらうで。もとよりワイはな、真っ当に戦うつもりはあらへん。ほんまはちゃんと了承取ってからやろうと思ってたんやけどな……」
勝手ではあるがこちらも本来の目的を果たさせてもらおう。
バガルはズボンのポケットからガラス玉を一つとって魔力を込める。
そして、リアンではなく、観客に向かって語った。
「さあさあ、始まりましたパルノール家最新の魔法道具お披露目会!今回みなさまにおススメの魔法道具をワイが戦いで実践するんで、よお〜くみてきな〜!」
そう、バガルの今回の目的は闘技祭に勝つことではない。バガルの目的は闘技祭を通してパルノールの名を広めること、観客である貴族の学徒たちにパルノール家の魔法道具を知ってもらい購入してもらうことだ。
「まず始めにこちらの商品!一見ただのガラス玉に見えるけど、そんなことあらへんで。魔力を込めて投げるとっ!」
また、足蹴りで接近してくるリアンに向かって、今度はバガルは思い切り魔力を込めたガラス玉を投げた。
ガラス玉はリアンに触れた瞬間パリンと割れて、中から灰色の煙が充満した。
「突然の敵の攻撃にも安心!この煙は使用者、今回の場合はワイやな、の魔力によってつくられてるんや。つまり、ワイの魔力の気配が分散されるから、煙で視界も奪えるし、魔力で察知されることもないから逃げやすいんや!」
煙の中で闇雲に攻撃をするリアンに対し、着実に距離をとってバガルは次の一手の準備を始めてた。
「じゃあ、こっちからは攻撃できんのかと心配すると思うんやけど、そこんとこをカバーするのがこれや!」
と言って、バガルが懐から取り出したのは細長い笛。その細長い笛をリアンを覆う煙に向かって思い切り吹く。
すると笛から出たのは音ではなく、燃えたぎる灼熱の炎だった。
炎に触れた煙は伝染するからのように急速に燃え上がり、焼き尽くす。
「こちらの笛は魔力を炎に変えるやつや。吹く勢いで放出範囲を、込める魔力量によって攻撃力を変化できる便利なもんやで。ただ難点なのは、魔力とお金がかかるっちゅうことやな〜」
ドッと観客から笑いが溢れる。好評な様子にバガルは満足気になるが、その余裕は一瞬にして飛んでいった。
「……なっ!?リアンはんっ、いつの間に!?ってか、その腕は……!?」
炎に包まれ、燃えていたはずのリアンが炎をかき分けバガルの目の前に現れたのだ。
その上、リアンの腕には異変が起きていた。皮膚が手首を中心に風車の羽のように開き、くるくると激しい勢いで回り風を起こしていたのだ。
「ぐほぉぇえ!!!」
リアンは風を味方につけた速さでバガルに蹴りを入れる。ただの蹴りにしては異様なまでの重さ。風の勢いだけで、身体的能力の高さだけで、その蹴りの重さは生まれない。物理的な、そう、"身体そのものの重さ"が人間離れしてる。
バガルは耐えきれることもできず、ポケット入った魔法道具達をボロボロこぼしながら、闘技場の端まで飛ばされる。
「いや、まさか……リアンはん……そりゃあ魔術工芸代表に選ばれるのも仕方ありまへんな」
風車のように皮膚が羽になり回る腕、鉄の塊のような重さを持ちつつも武人レベルで動く身体。だというのに血もでない、苦痛の表情も浮かばない。
「リアンはん自身が魔法道具やったか……」
あるとしたら剥がれた皮膚から僅かに見せる亀裂の入ったヒビ。
もともと人形のように表情一つも見せないリアンに違和感を覚えていた。それも当たり前だ。リアン自身が人形だったから。
となると、人形を操っている本体、本物のリアンがどこかにいるはずだ。
バガルは胸元にまだ落としていなかった眼鏡を取り出し、魔力を込める。魔力を察知する術式が組み込まれた魔法道具。魔力を込めることによってレンズ越しに目で捉えるのも難しい微力な魔力を色で認知する。
しかし、残念ながらリアン自身以外魔力は感じられない。何処からか操作しているだろう魔力の糸が無い。
「いったぁー、骨何本かいったみたいやな。てか、これはかなりやばいんちゃうんか?」
攻撃をしようとまたこちらに向かってくるリアン。だが、骨が何本か折れているようで身体が思うように動かず、その上魔法道具も飛ばされた時にいくつも落としてしまった。
あるのはただ魔力の塊を飛ばすだけのパチンコと、魔力同士を繋げる縄だけ。
「……いや、何とかなるかもしれへんな?」
現在の持ち札でバガルは一つ解決策を思いつく。リアンの本体を見つけられるものではないが、今迫り寄ってくるリアンの攻撃から逃れる方法なら。
ニタリとバガルは妖しい笑みを浮かべる。その気味の悪い笑みを見て動物的本能が警鐘を鳴らしたのか、そもそも人形なら関係無いような気がするのだが、リアンは足を止めた。
それが、バガルのチャンスを与えてしまったのだと知らずに。
「キタキタキタキタぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
バガルはパチンコをリアンではなく地面に向けて放つ。いや、地面ではない、バガルが落としたはずの魔法道具に向かって、だ。
いくつもの種類の魔法道具が転がる中、バガルが狙うのは一見魔法道具に見えない小さなタネのようなもの。しかし、魔法が着弾した時、その魔法道具の本領が発揮される。
「縛りあげろぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
瞬間、人の腕ほどの蔓が芽生え、伸び始める。蔓は足を止めていたリアンに絡みつくように驚くほどの早さで成長する。
「逃げようたって、そうはさせへんからなぁ!」
バガルは縄の片側だけ投げて、蔓とバガル自身を繋げる。絵的には間抜けだが、これで接続完了、用意はできた。
「ほな、これでも食いやがれぇぇぇえ!!」
バガルは縄を通して蔓に魔力を込める。蔓は太く、そして強くリアンを締め上げる。
ビキビキビキビキッ!!
リアンの身体中に亀裂がいくつも走る。そして、ボロボロと蔓に覆われていない部分が崩れていく。
どうやら人形は土から作られていたらしく、崩れた身体は砂のように舞っていく。
土からどうやってあれほど人間に近い精巧な人形が作れるのかバガルは同じ魔術工芸代表として感嘆する。
だけど、バガルを驚かせたのはそれだけではなかった。
「きゃあっ!」
乾いた砂のように崩れていく人形の中から別の人物が姿を現したのだ。その人物は人形のリアンと同じ黒い髪と瞳を持つ。しかし、切りそろえられた前髪と低めの短いおさげ、小柄な体型は圧倒的に違う。
正直な話、まだ成熟しきってなく、中性的な容姿をもつレアンに対し、バガルは女の子だったらたまらねえなぁ!と一瞬ではあるがいやらしい目で見てしまったことがあった。しかし、男は守備範囲ではない上、ゴミを見るかのようなレアンの瞳をみてその考えは遠くの彼方へと飛ばした。(美少女のような中性的なレアンの蔑んだ目線に興奮を覚えてしまったのは秘密であるが)
だが、どうだろうか?今、バガルの目の前にいるのは、まさしくレアンをバガルの守備範囲に入ったかのようなとっても可愛らしい……
「女の子ぉお!!?」
「女で何が悪いなのです!」
まだまだ幼さを感じさせるソプラノボイスがバガルの脳を喚起する。
そして、バガルは気づく、気づいてしまった。
どんどん人形が崩れて露わになる本当のリアンの姿。散っていく砂からは真っ白な肌が姿を現わす。そう、着ている服なんてまるでないようで、あえて言うなら人形が着ていたサイズの違う大きな制服。
「あっ!やめっ!」
下半身側を締めていた蔓を緩めるとハラリと制服のズボンがずり落ちた。同時にリアンは顔を赤らめて動揺する。
つまり、何を意味しているかと言うと……
「もしかして、リアンはん、服を着たらんのか?」
「〜〜っ!!」
ウォォォォォォォォォォオオオオオ!!!
バガルを含め、会場は歓喜した。その興奮する会場を見てさらに肌を赤らめて、恥ずかしがるリアン。何ともいじらしく、可愛らしく、まだ幼い容姿をしているのに扇情的であろうか。
会場の熱気は加速するばかり。
「ぐふ、ぐふふふふふっ!なるほど、リアンはん、じゃあ、この蔓を解放すればリアンはんのなーんも纏ってない、本来の姿を見れるちゅうことやな!?」
「何も纏っているわけじゃないのです!ちゃんと下着は着てるのです!」
バガルの発言にリアンは訂正をするが、会場を盛り上げるだけに過ぎない。そこにロマンを感じさせる時点でもう興奮は止まらないのだ。
「リアンー!!!今すぐに降参!!降参するのでありますー!!」
応援席からはレアンが必死の形相で暴れまわっている。リアンを助けようと闘技場のリングに飛び込もうとしているが、原則禁止行為なので警備員に取り押さえられている。
リアンにとって悲劇だったのは、対戦相手のバガルが紳士ではなく、エロスにロマンを求める変態だったということ。そして、リアンは主人への異常な忠誠心ゆえに自分から負けを宣言することができないということ。
リアンは主人のためならばいとも容易く自分の命を投げ出してしまう。だから、どんなに羞恥心があろうとも、戦えるのであれば負けを認められない。たとえ、下着の姿で戦うことになっても。
「ついに自分にも、ラッキースケベのチャンスがぁぉぁぁぁぁぉあ!!!」
腕が、太ももが、肩が露わになる。下着を着ているとはいえ、あと数秒であられもない姿を晒すことになるだろう。
「わ、わたしは……それでもっ、負けちゃいけないのですっ!若に相応しい従者でいたいのですっ!」
だから、そんな彼女を救えるのは、一人しかいない。
バガルが蔓を解こうと緩めた瞬間、眩い炎が走った。
目が眩んでしまうほどの黄金の髪、強い意思を持った鋭い眼光。
始まりのアレクシア。そして、リアンとレアンの主人。
ユーロン・アレクシアが鬼の形相でバガルに槍を向けている。
「バガル・パルノールッ!貴様、リアンにこれ以上何かしてみろ!ただじゃあ済まさないぞ!!」
目に見えてわかるその感情は怒り。下手をすると先ほどのセレナとの戦いよりもユーロンは怒りの感情を爆発させていた。
「ひ、ひぇぇ」
バガルはユーロンの覇気と、アレクシア家の跡継ぎの怒りを買ってしまった事実に、顔面蒼白になりぺたりと座り込む。
「若……?どうして?」
そして、気づけばリアンには身体をすっぽりと覆い隠すほどのローブがかけられていて、蔓から解放されても醜態を晒すことはなかった。
だけど、第三者による介入。結果は明白。
「場外からの協力という禁止行為のためリアンの失格!よって勝者、バガル・パルノール!」
美味しいところを結局見れなかった不満と、それを止めたのが国の重要人物である戸惑いと、試合での興奮が混ざり合って、観客の反応は多種多様。
その中で、ユーロンはただ険しい表情で泥で汚れたリアンの頬を優しく拭っていた。
ああ、ダメだ。ダメだ。また、やってしまった。
わたしはまた大切な人の足を引っ張ってしまった。
「どうして、どうして、止めたのです!?わたしはまだ戦えたのです!」
「それは、これ以上見ていられなかったからだ」
それほどまでに見るに耐えない試合だったのだろうか?でも、だからといってわたしなんかのために若が手を煩わせる必要はなかった。危うく試合に乱入してきたという理由で若まで失格になるところだったのだ。
幸い、若の立場や試合で起きたかもしれない惨状を鑑みてなんとか若の失格は取り下げてもらった。もし、これで若が失格になってしまうようならば、わたしはーーーー
「リアン、間違ってでも自分を傷つけるようなことはするなよ?」
黙っていたわたしのこころを見透かすように若は警告してきた。
「……そう、ですよね。ただでさえ、役立たずなのに、こんなところで何もせずに潰れるのは愚かなのですよね」
せめて若の踏み台として役に立って終わらなければ。
しかし、わたしの発言が気に入らなかったのか若は眉間にしわを寄せ、ため息をつく。
「だから、リアン、オレはそんな理由で助けたわけじゃないんだ。それにリアンはちゃんとオレの力になってるぞ。さっきのオレの試合でピンチになった時、一番に応援してくれたのはリアンだろ?」
若は先ほどの試合のことを話す。若が戦っている間は気が気でなくて、本当にピンチになったときは控え室から思わず飛び出して入場口ギリギリのところで叫んでしまってた。
「オレが嫌だったのは、あの変態が……バガルが、その、おまえの……下着姿を……見ようとするのが……」
そして、ごにょごにょと若は顔を真っ赤にして顔を晒しながら小さく呟く。つまり、何が言いたいのだろうか?
「あっ、若の従者であるのに、わたしは貧相で魅力のない身体だから恥ずかしくて見せなれなかったということなのですね。もっと大人の女性の身体だったら、若も自慢できたなのですが……配慮が足りなくて申し訳ありませんなのです」
「……っ!いやっ、だから、リアンはまだ未発達なだけであって仕方ないというか、それにオレはリアンの身体に魅力を感じてないわけじゃないからなっ!……って、オレは何を言ってるんだぁぁあっ!」
「……?若の好みの女性はまさしく姉君であるユニ様のような才色兼備で知的な、素晴らしいプロポーションをお持ちの方なのですよね?」
フィニス・フレアローズ様に仕える、若の姉君ユニ・アレクシア様。従者としてもわたしたちが足元に及ばないほど優秀で、完璧。そして、女性としても彼女は誰もが憧れる体つきをしている。
わたしは自身の控えめに主張している胸とユニ様の豊満な胸を比べ、ため息をつく。若の好みはまだ程遠い。
「なっ、ななな何でリアンが知って……!って、あー!もういい!とにかく、オレはリアンの下着姿を他の奴らに見られたくなかったし、リアンがもっと自分のことを大切にしてほしいんだ!じゃ、じゃあ、先に観客席にもどるからな!ちゃんと着替えてからリアンも来いよ!」
若は相変わらずの真っ赤な顔で、まくし立てるように声を荒げ、去っていった。
結局、若の考えは全て分からなかったけれど、若がわたしのために理由は何であれ動いてくれたことが嬉しかった。
でもそれはお門違いだってことは分かっている。わたしなんがが受けていい恩恵じゃないのを分かっている。
若はお世辞であれ、もっと自分を大切にしてほしいと言ってくれたが、自分にそんな大切にするほどの価値があるとは到底思えない。
わたしの全ては若のものだ。
身体も、心も、過去も、未来も、全て若に捧げた。
若のためだったら何だってできる。やってみせる。
それだけで十分なのだ。本来ならそれさえも許させないのだから、これ以上望むなんてありえない。
だって、だって、わたしは○○だからーーーー
頭の中で響くノイズを抑えながら、わたしは泥だらけの汚れた身体を振り払った。
新入生闘技祭一回戦第二試合。
バガル・パルノール対リアン。
協力という禁止行為によりリアンが失格、勝者はユーロン・アレクシアに。
次の一回戦第三試合は、
ロイド・クロス対ダチュラ・ランプスキー
ご精読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?驚きましたか?
実はリアン君ではなく、リアンちゃんでした。彼女は自己評価のめちゃくちゃ低い、主人思いの女の子です。いずれ彼女の過去も触れますが、一生懸命な彼女を応援してくれると嬉しいです。
次はついに不器用強面君の戦いですね。真っ直ぐ不器用な彼の戦いをお楽しみしてください。