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上に立つ者として

新入生闘技祭、やっと開催されました。

それぞれのメンバーが自分の思いを掲げてぶつかり合います。

最初に戦うのは不器用なキングとクイーンのお話です。

 

 開催式のファンファーレが鳴る。

 場所は学園で一番の大きさを誇る、野外闘技場。流石というべきなのか、新入生闘技祭には全校生徒が席に座り、観戦するのにも関わらず、席にはまだ余裕があった。

 しかし、人が多いということには変わりない。

 ど田舎出身のルティとロイドにとってはこれほどまでに人が集まっているのを見るのは初めてで、しかも自分たちがそんな大勢の人に見られているのが不思議でならなかった。

「うわぁ!すごいよ!ロイド!こんなに、人がいっぱい!!!」

「お、おおお俺は大丈夫だぞ。ひ、人がいたっていつも通りやるぞ…!」

 興奮を隠しきれないルティと、緊張を隠しきれないロイド。反応は対照的ではあるが、騒がしいことには変わりない。

 しかし、ルティはふと違和感を覚えた。

 いつもならユーロンかセレナに批判またはお叱りを受けるはずだ。

 別にダメ出しをされたいわけではないが、少し物足りなさを感じる。

 それに、新入生闘技祭始まる一週間前からろくに会話をしていない。

 まあ、でも仕方がない。

 新入生闘技祭は一年生にとって入学後初めての催し物であり、今後の学生生活にも大きく影響する。

 今は自分のことでいっぱいいっぱいなのだろう。

 それに、だ。

 新入生闘技祭、一回戦目の最初の試合はユーロンとセレナである。

 元々、顔合わせると言い争いをしていた二人だ。今回、初戦の相手ということで二人の間には張り詰めた緊張感がある。

 ある意味、この二人は国を背負っての戦いになるのだから。

 次期王の右腕となるユーロン。亡国の姫であるセレナ。

 だからこそ、ルティはセレナが心配だった。

 なぜなら彼女は独りだから。

 ユーロンとは違って、彼女は今までずっと独りだった。

 もちろんルティは彼女を独りにするつもりはない。させるわけがない。

 だけど、セレナの心はまだ独りのまま。


 開会式が終わり、各々が一回戦目の準備を進める中、ルティは控え室に向かおうとしているセレナを呼び止めた。

「セレナ!」

「……何?」

 振り返ったセレナの顔を見てルティは息を飲んだ。

 セレナのブルーサファイアの瞳には光が差し込んでいなくて、冷たい氷のようだった。

 最後に顔を合わせたのはルティが代表として選ばれる一週間前。その時はまだ彼女の顔には温もりがあった。

 だけど、今はそれがない。

 ルティは後悔した。

 フィニスの特訓を受けていて時間がなかったとはいえ、無理やりにでも彼女に会うべきだったと。

「大丈夫?」

「は?何を言っているの?いずれ戦うのだから、私と貴方は敵。他人の心配なんてしないで自分のことに心配したら?」

 セレナはそう言い捨てて立ち去ろうとする。

 きっとそのまま行かせたらまた後悔する。

 ルティは反射的にセレナの手を取り、引き寄せ、抱きしめた。

「なっ…!」

 逃げようとするセレナを逃がさないように強く抱きしめる。ひんやりと冷たいセレナの肌にルティの温もりが伝わる。

「大丈夫だから、僕はセレナの味方だから」

 しっかりと伝えるため、ルティは耳元で呟いた。

 少し抱きしめる力を緩めると、バッとセレナから引き離された。

 相変わらず目に光はない。だけど、表情に先ほど感じた冷たさはなかった。

「どうして…どうして私に構うのよ?」

 困惑を隠しきれずに言うセレナは、迷子の子供のようにルティには見えた。

「僕はセレナの友達だからだよ」

 精一杯の笑顔でルティは伝える。

 こうやってあらためて言葉にすると恥ずかしいものである。

「じゃあ、僕は行くね。お互い頑張ろう」

 伝えたいことは伝えた。

 これから試合を控えているセレナをこれ以上引き留めるわけにもいかないので、ルティは立ち去った。

 取り残されたセレナはルティが去っていった方を見つめ、言葉をこぼした。

「嘘よ…きっと貴方も裏切るんでしょ…」






「一回戦目、ユーロン・アレクシア対セレナ・レイン」

 審判の声が会場中に響くと同時に、観客側からざわめきが聞こえてくる。

 そのざわめきの殆どがユーロンを鼓舞するものと、セレナを否定する言葉だった。

 あまりにも顕著な違いにセレナは笑った。

「どうした?気でも狂ったか、レインの娘よ」

 この応援の差に気づいていて、あえて聞いているのだろう。そんなユーロンに嫌悪しつつもセレナは適当にあしらう。

「いえ、あまりにもフレアローズの民の反応が酷くて笑いが堪えきれなかったわ」

「なんだと?」

 そのあしらいは挑発でもあり、ユーロンの眉間にシワがよる。

 一触触発。

 そんな緊張状態にもかかわらず、火に油を注ぐかのように戦いの火蓋は切って落とされた。

「試合開始!」

 かけ声と同時にセレナはユーロンとの間に氷の壁を作る。

 が、直後にそれはただのかけらになった。

 バリン!と、荒々しい音を立てて氷の壁は砕け散る。

 ユーロンの手に握られているのは槍。

 自身の身長より長いそれをユーロンは器用に使いこなしていた。

 元々、アレクシア家は槍使いの家系。入学始め、ルティと戦った時はレイピアを使用していたため疑問に思ったが、やはり槍を使ってきたか。

「散りゆく氷は小さき刃。その欠片たちは他者をも喰らう。さあ、傷つけ合いましょうーーー嘆きの氷雨(ヘイルストーム)」

 だが、それも想定内。

 ユーロンの手により砕け散ったいくつもの氷の壁の破片は水色の光を帯び、魔法となり、ユーロンを襲う。

「チッ!」

 咄嗟にユーロンは正面でバトンのように槍を回して攻撃を弾くが、氷の刃は四方八方から飛んできて対処しきれない。

 なんとか正面だけは防いで急所は逃れるものの、体全身が切り傷だらけになり、傷口から血が滲んでいる。

 しかし、それだけではユーロンは倒れない。

 今度はセレナに攻撃の隙を与えないよう、距離を詰めつつ槍を大きく振り回す。

 セレナは踊るように足を滑らせ、攻撃をかわす。かわしきれない斬撃は小型ナイフで受け止め流す。

 そして、片足を軸に、もう片方の足は弧を描くようにセレナはくるりと回り半円をつくる。

「築け、氷の要塞(アイスバーグ)」

 半円の弧は青白く光り、その輝きは上へと伸びる。先ほどより強固な氷の壁が姿をあらわす。

 ガキンッ!!

 鈍い音が響き渡る。ユーロンの槍はセレナに届くことなく止められる。

 そのまま、セレナはユーロンの攻撃圏内から離れ、唱え始める。

「もう、攻撃は終わりかしら?」

 透き通る淡い水色の魔法陣が形を成し、大きく広がる。

「次期王の右腕、始まりのアレクシアの世継ぎ。フィニス・フレアローズほどではないけれど、国民が無責任に貴方に期待しているのでしょうね。ユーロンという少年ではなく、アレクシアの名を背負った貴方だけを」

「どういうことだ?」

「国民なんて肩書きだけで、表面上だけで、貴方自身を見ていないってことよ。だから、手のひら返すように態度を変える」

 その声は憎しみに満ちている。

 信じて、裏切られて、失って。

 セレナはあの日を思い出す。

「お父様は素晴らしい人だった。だけど、民は裏切った。彼らは狡くて浅ましくて愚かな存在」

 フッと、蔑んだ笑みをユーロンに向け、セレナは言う。

「貴方も可哀想ね。そんな彼らに縛られて」

 確かにある意味、ユーロンは縛られているのだろう。

 ユーロンはアレクシアに男として生を受けた時点で、彼の人生は決まっていた。

 民を統べる王の隣で、王と共に、国のために全てを捧げ、国のために生きる。

 だが、可哀想なんかではない。

 なぜなら、ユーロン・アレクシアは紛れもなく、アレクシアという名を、国を、民を誇りに思っているのだから。

「民をバカにするなぁっっ!」

 だから、セレナのその言葉はユーロンにとって侮辱以外の何物でもない。

 ユーロンは槍を構え、民のために戦う。

 冷気漂うセレナとは対照に、ユーロンの周りには熱気を帯びた紅蓮の光が燃え始める。

「闘志を燃やせ。内なる炎は己の決意ーーー誇り高き焔(フルフレイム)」

 炎が渦を巻いて荒れ狂う。それはユーロンの怒りを表しているよう。

 空気を燃やし、その紅は侵食する。


 しかし、その炎はセレナに届くことはなかった。


 ユーロンの魔法の技術や力はセレナに劣らずの学年トップレベル。通常ならば大打撃を与えることができただろう。

 だけど、ユーロンの魔力性質である炎はセレナの氷には弱い。

 セレナの魔法陣から姿をあらわす巨大な氷は、抵抗する隙すら与えないままユーロンの炎を沈静化する。

 灼熱の炎は、氷を僅かばかりの水蒸気に変えるだけで無残にも消えてゆく。

 炎が消える頃には氷柱と霧に包まれ、ユーロンの姿は見えなくなっていた。







 ーーーーーシン。

 その光景に会場は静まり返っていた。

 会場のほとんどがフレアローズ王国出身の民。そんな彼らが敬い、憧れる皇族の分家であり、国の礎の一つであるアレクシアの子息が氷柱の山から姿を現さない。

 それに相手はフレアローズ王国にも一時危害を与えたレイン帝国の姫。彼女は入学試験でもユーロンを抑え、首席の座を勝ち取っている。

 今回は一対一の戦い。誤魔化し用がない。

 負けたのだろうか?負けていいものなのだろうか?

 何を言っていいのか分からず、不安だけが募って、沈黙が続く。


 次の試合が自分になるまで代表者用の応援席で待機していたルティとロイドは、その静けさに耐え切れず小さい声で話し始めた。

「……これは、もしかしてセレナの勝ち?」

「俺にも分からない。だが、ユーロンの姿は見えないから……」

 負けたのだろう。そう言葉にしようとしたら隣から否と応える者がいた。

「若は、こんな簡単に負けるような方ではないであります」

 同じく待機中であったレアンが不安を見せることなくそう断言した。

 観客席から感じる静けさと、レアンの静けさは別物だった。

「だからといっても、こんな状態だよ?ユーロン倒れて気絶しちゃってるんじゃないの?」

「ルティ殿、確かに若は倒れている可能性もないとは言い切れないであります。ですが、若は決して民を悲しませることはしない方であります。だから、きっと若を奮い立たせるのは民のーーー」


「ユーロン・アレクシアはそんなところで負ける人じゃないのです!まだ、負けてないのです!」


 どこからか少女の声が会場に響き渡った。

 彼を思うその熱い想いが心を揺さぶる。

 それが引き金になったのだろう。湖に波紋が広がるように声援は伝染し、気づけば会場中がユーロンを応援する声で溢れていた。

 沸き起こる熱気、身体中に響く音。

 これが、始まりのアレクシア。


 ドォォオン!!!!

 そして全ての流れを蹴散らすほどの爆音が振動し、氷柱の山を中心に赤い光と煙が弾け飛んだ。






 突然、氷柱が爆発したと思ったら、セレナは爆風で吹き飛ばされていた。

 正直、セレナは自分の勝利を確信していた。

 だから、油断した。

 静まり返り、口を開き動揺している観客を鼻で笑っていたら、聞こえてきた声。

 その声に伝染して、いつの間にやら会場はユーロンへの応援でいっぱいになっていた。

 そんな会場の変化に戸惑っていたら、氷柱は弾け、自分は空を舞っていた。

 爆風で飛ばされたのだろう。

 だけど、飛ばされたのは、いや、飛んできたのはセレナだけではなかった。

「……本当は使うつもりも、使いたくもなかった。だけど、セレナ・レイン。おまえは思い知るべきなんだ」

 爆風とともにユーロンは現れ、セレナに槍を振りかざしていた。

 一度もユーロンの攻撃を体に受けていなかったセレナはそこで初めて、斬撃を受ける。

 太ももに引き裂かれるような激痛が走り、声にならない叫びをあげる。

 そして、違和感が身体中を駆け巡った。

「こ、れ……は?」

 切りつけられた痛み以上に、傷口から広がる痺れがセレナを侵食する。

 全身に痺れが周り、受け身を取ることすらままならず、そのままセレナは地面に落ちる。

 目の前には仁王立ちするユーロン。

 姿を現し、形勢逆転したからだろう。会場は喜びの歓声で賑わっている。

 だけど、そんなことよりも、セレナはユーロンの手に握られている槍を見て、思考の全てを奪われた。

「ああ、ああっ…!」

 先ほどとは違いその槍は黄色い光を放っていた。魔法具なのだろう。ユーロンの魔力を吸収して、魔法具としての能力が発揮されている。

 しかし、その黄色い光を浴びた槍はそれ以上の意味をセレナに与えていた。

 矛先に刻まれた黄金色の術式。穂の中心に埋め込まれた魔法石は眩く雷を纏っている。

 その形、その光。

 忘れられない。忘れられるわけがない。

 蘇るのは全てが終わったあの日の記憶。

 狂いだした国民。鳴り響く悲鳴と苦しそうなうめき声。止めどなく流れ落ちる鮮血。父の胸に刺さった稲妻の槍。

「やっと気づいたか…。そうだ、この槍はかつてレイン帝国を支配していた愚帝ギュリオンの、おまえの父の命を奪った断罪の槍だ」

 憎い憎い憎い。

 大切な人の命を奪ったあの槍が憎い。

 怖い怖い怖い。

 大切な人の命を奪ったあの槍が怖い。

「オレはこの槍の持ち主にあったことがある。国民である彼の声を、いや、彼らの声を聞いたことがある」

 全身の痺れがセレナに立ち上がることも、口を動かすことさえも許さない。

 だから、ユーロンは攻撃はせず、話を続ける。

「おまえにとってギュリオンは良き父だったのかもしれない。だが、国民にとっては違ったんだよ」

 ギュリオンは紛れもなく愚帝だった。

 国民の声も聞かず、独裁者として君臨し、国民を苦しめていた。

 レイン帝国が崩壊した時、何万もの民がフレアローズに流れてきた。

 当時はまだ幼かったユーロンでも、よく覚えている。

 ギュリオンについて話す民の表情は恐怖や憎悪に満ちていた。

 それでは、いけない。

 ギュリオンは上に立つべきではなかった。

 彼は民を見ていなかった。

 上に立つべき者の責任を果たしていなかった。

「おまえは民は裏切った…と、言ったな。本当にそうなのか?おまえは民の声を聞いたことがあるのか?」

 そう、ユーロンにとってはセレナも同じ。彼女も上に立つべき者として責任を果たしていない。

「おまえはギュリオンだけを見ていただけ。本当の意味で民を見ていない。だから、民を語る資格なんてない」

 ろくに見ていないくせに、裏切ったと喚くのはただのわがままだ。

「この槍が民の答えだったんだよ」

 ユーロンは手にある槍の矛先をセレナに向ける。

 民の声を無視し続けたギュリオンは、結果、民の手によって、この槍によって殺された。

 なら、もう一度その再演をしよう。

 同じ上に立つ者として、その再演を行おう。

「安心しろ、セレナ・レイン。威力は抑えるからギュリオンの時のように即死はない。殺しはしない」

 水の魔力性質を持つレインの一族にとっては天敵の槍。ギュリオンは最大魔力を込められたため、一瞬で息を引き取った。

 だけど、今回は違う。

 セレナ・レインにもう一度考えらせるために再演をする。

「この痛みをもって、民の上に立つ者としての在り方を考え直すんだな」

 そして、その稲妻はセレナを断罪した。











 引かれる手。

 遠のいていく父。

 叫ぶ声。

 こぼれ落ちる涙。

 目を覆う手。


 暗闇に落ちる世界。


 聞こえてくるのは恐ろしい声。

 セレナ・レインはどこだ?

 セレナ・レインはどこだ?

 見つけたら捕まえろ。

 捕まえたら殺せ。

 生きているなんて許されない。

 憎きギュリオンの娘。


 記憶の断片が氷のように散らばっていて、断続的に現れては消えていく。


 瞳を閉じて聞こえる世界はあまりにも理不尽で。

 守ってくれる人なんていないから自分で守るしかなくて。

 セレナは自分を閉じ込める。

 怖い。こわい。コワイ。

 稲妻の槍。蔑む人の目。

 一つ一つがセレナの生を脅かすもの。

 だけど、セレナは死ぬのを許されない。


『生きろ』


 その呪いがセレナを苦しめる。

 そうだ。生きなくちゃ。

 どんな手でも使って、生きなければ。

 生きて、私はーーーーー


 そして、セレナ・レインは壊れていった。











 新入生闘技祭一回戦第一試合。

 ユーロン・アレクシア対セレナ・レイン。

 セレナ・レインが重傷を負い、戦闘不可と判断されたため、勝者はユーロン・アレクシアに。


 次の一回戦第二試合は、

 バガル・パルノール対リアン



いかがだったでしょうか?

考察や感想など、活動報告やツイッターなどでコメントしてくれると嬉しいです。

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