第7話 片親にしたのはお前たちだ
私の罵声に、二人は俯き、一言も返せない。
あまりの剣幕と、両親の異常な怯えように、たまらず翔太さんが身を乗り出した。
「あ、あの……! それってどういう事ですか、お義母さん? 『お前たちのせいで』って……母さんたちと、知り合いなんですか?」
翔太さんの視線は、私と、青ざめたままの両親の間を行き来している。
無理もない。初対面のはずの婚約者の母親が、自分の両親を怒鳴りつけているのだから。
私は翔太さんをチラッと見ると、すぐに視線を前の二人へ戻し、冷たく言い放った。
「ですって。……話してあげたら? あんた達の事」
しかし、二人は顔を見合わせるだけで、口ごもっている。
そりゃあ言えないだろう。
自分たちが「名家・二階堂」の看板を掲げて偉そうに振る舞っているその裏で、かつて妊娠中の妻を捨てた事実があるなんて。
「い、いや……その、これはだな……」
「ち、違うのよ翔太、これは誤解で……」
しどろもどろに言い訳を探す二人に、私はため息をついた。
情けない。どこまで保身に走るつもりなのか。
「埒が明かないわね。じゃあ、私から言うわ」
私は美咲に向き直った。
美咲は不安げに私の袖を掴んでいる。
「美咲、ビックリすると思うけど、落ち着いて聞いてね」
「う、うん……」
私は震える健一郎を指さし、ハッキリと告げた。
「この男が、あなたの父親なの。正真正銘の、血のつながったね」
「え……? え? ……ええっ!?」
美咲は驚愕の表情で、私と目の前の中年男を交互に見ている。
思考が追いつかないようだ。無理もない。
死んだと聞かされていた(詳細を伏せていた)父親が、まさか結婚相手の父親として目の前に現れたのだから。
しかし、美咲の聡明さが、すぐにある最悪の可能性にたどり着いてしまった。
彼女の顔から、サーッと血の気が引いていく。
「お、お母さん……待って。あっちがお父さんってことは……」
美咲は恐る恐る、隣に座る翔太さんを見た。
翔太さんもまた、顔面蒼白になっている。
「あの……じゃあ、もしかして私と翔太さんは……きょう、だい……?」
個室の空気が、ピーンと張り詰めた。
近親相姦。
もしそうなら、この結婚は法的にも倫理的にも不可能になり、二人の愛は永遠に引き裂かれることになる。
その絶望的な沈黙を破ったのは、私の呆れたような声だった。
「違うわよ。勘違いしないで」
「え?」
「あなたと翔太さんは、全くの他人。血の繋がりなんて一滴もないわ。ね? そうでしょう、玲子さん?」
私が水を向けると、玲子は観念したように、蚊の鳴くような声で答えた。
「……そうよ。……翔太は、健一郎さんの血は引いていません」
その言葉に、美咲と翔太さんは大きく息を吐き出し、へなへなと椅子に背中を預けた。
しかし、安堵したのも束の間、翔太さんが鋭い視線を母親に向けた。
「そうだったの!? ……ってことは、どういうことだよ。父さん……いや、健一郎さんが本当の父親じゃないってこと?」
「ええ、そうよ……」
「じゃあ、俺は誰の子供なんだよ! なんで今まで黙っていたんだ!」
翔太さんの悲痛な叫びが響く。
当然だ。
自分の父親だと思っていた男が他人で、しかも婚約者の実の父だったなんて、悪夢以外の何物でもない。
「あのね美咲、翔太さん。昔の事なんだけど、私とこの健一郎は夫婦だったのよ」
私は淡々と事実を陳列していく。
事実という刃で、彼らの虚飾を剥ぎ取っていく作業だ。
「私が美咲を妊娠した時にね、この人の浮気が解ったの。で、そのまま離婚。ちなみにその時の不倫相手が、隣に座っているその女ね」
私は顎で玲子をしゃくった。
「え……略奪婚ってやつなの? あれ、それじゃ俺……」
「当時はね、その玲子さんも結婚していたのよ。W不倫ってやつね。だから翔太さんは、その時玲子さんが結婚していた、前の旦那様のお子さんなんでしょうね」
「…………ッ」
翔太さんは言葉を失い、頭を抱えて項垂れた。
尊敬していた両親。
厳格で、礼儀正しく、格式を重んじる自慢の両親。
その正体が、妊娠中の妻を裏切り、互いの家庭を壊して一緒になった「W不倫カップル」だったのだ。
「ちょっと待ってくれよ……なんだよそれ。母さんも不倫って……」
「翔太、違うのよ! それは……愛があったからで……」
玲子が必死に息子にすがりつこうとするが、翔太さんはその手を振り払った。
「触るな! 愛があったら何してもいいのかよ! お義母さんを傷つけて、美咲ちゃんから父親を奪って……それで何が『名家の格式』だよ! 何が『育ちが悪い』だよ!」
翔太さんの怒りはもっともだ。
私はさらに追撃を加える。
「そうよ。あんた達、散々美咲のことを『片親育ち』だの『躾がなってない』だの馬鹿にしてくれたけど……」
私は健一郎を睨みつけた。
「美咲を片親にしたのは、あんただろうが」
「ひっ……」
「自分たちが不倫して、私と美咲を捨てたくせに。よくもまあ、どの口が『片親はダメだ』なんて言えたものね。自分の血を分けた娘を、自分の過去の過ちのせいで見下すなんて……人間として最低よ」
健一郎は脂汗を流し、ガタガタと震えている。
反論したくても、事実なのだから何も言えない。
彼らが美咲に向けていた侮蔑の言葉は、すべてブーメランとなって、何倍もの威力で彼ら自身に突き刺さっている。
美咲は、呆然としながらも、父親である男を見つめていた。
そこには親愛の情など微塵もない。あるのは、軽蔑と、生理的な嫌悪感だけだ。
「……最低」
美咲が小さく呟いた。
「私、こんな人たちに育てられなくてよかった。お母さんが私のお母さんで、本当によかった」
その言葉は、私にとって最高の勲章であり、健一郎たちにとっては死刑宣告に等しい一言だった。
だが、まだ終わらない。
彼らが心の拠り所にしている「二階堂家の財産」という最後の砦を、これから私が粉砕するのだから。




