また来るなら、それで十分です
七月の半ば。梅雨が明けた。
朝から空が広い。雲が少ない。窓を開けると、湿気はあるが風が通る。蝉はまだ本格的には鳴いていない。もう少し暑くなれば始まるだろう。
前場はいつも通りだった。IVは低水準。板は薄い。ポジションに変化はない。ストラングルの売りはセータが毎日少しずつ効いている。プレミアムが一日分ずつ減っていく。触る必要のない日が続いている。こういう日が続くのが、一番安定して利益が出る。だが一番退屈でもあった。
十一時半、前場が引けた。南里は財布を取り、車に乗った。
片岡の店へ向かった。何回目かは数えていない。数えなくなっていた。
店に着いた。暖簾が出ている。今日はやっている。入った。
カウンターに先客が一人。年配の女性。見覚えがあった。前にも同じ席にいた気がする。常連だろう。
南里はカウンターの端に座った。片岡は厨房にいた。目が合った。
「日替わりですか」
「はい」
「今日は鰺のフライです」
注文のやり取りが短くなっている。最初の頃は片岡が品書きを確認していた。今は「日替わりですか」の一言で済む。南里がそれ以外を頼んだことがないからだった。
待っている間、カウンター越しに厨房を見ていた。片岡は鰺を揚げている。油の音がする。隣の鍋で味噌汁が温まっている。小鉢はバットに並んでいる。今日はきんぴらと酢の物。
先客の女性が会計をした。片岡と短い会話をしている。
「今日もおいしかったよ」
「ありがとうございます」
「夕方にまた惣菜取りに来るけえね」
「はい、切り干し大根とひじき、取っときます」
女性が出ていった。店内に南里だけが残った。
定食が出てきた。鰺のフライ、赤出汁の味噌汁、きんぴら、酢の物、白飯。いつもの形だった。いつもの量だった。
食べ始めた。鰺は揚げたてで、衣が軽い。中の身がふっくらしている。付け合わせのキャベツは水にさらしてあるのだろう、歯触りがいい。
「忙しそうですね」
片岡が言った。南里の方を見ていた。
「忙しい、というのとは少し違います」
「そうですか」
「忙しいというより、外したくないだけです」
「何をです」
南里は少し間を置いた。
「……いろいろです」
片岡はそれ以上聞かなかった。カウンターを拭いている。南里は食べ続けた。
食べ終えて、味噌汁を飲み干した。箸を置いた。
「ごちそうさまでした」
会計をしている間に、南里はまた余計なことを言いそうになった。この店の定食が、生活のリズムの中に入っていること。昼にここへ来ることが、前場と後場の間の区切りになっていること。
言わなかった。言う必要がなかった。
片岡が釣りを渡しながら言った。
「また来るなら、それで十分です」
南里は一瞬止まった。
片岡は笑っていなかった。営業の言葉でもなかった。ただそう言っただけだった。
「はい」
南里はそれだけ返して、店を出た。
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車に乗った。エンジンをかけた。動かなかった。
片岡の言葉が頭に残っていた。
また来るなら、それで十分です。
何が十分なのか。客として来ることが十分ということだろう。それ以上の意味はないはずだった。常連が通う、店が開いている。その反復が店を支えている。片岡が前に言っていたことと同じだった。
だが、受け取り方が少し変わっていた。
東京にいた頃、通う店はなかった。昼は社食かコンビニで、夜はコンビニ弁当か冷凍食品で済ませていた。外食はしたが、通う場所はなかった。行く場所はあっても、顔を覚えられる場所はなかった。相場が閉じれば一日が終わり、相場が開けば一日が始まる。食事はその合間の燃料補給でしかなかった。
向島に来て三ヶ月近く。片岡の店に何度来たか。十回は超えている。入れば「日替わりですか」と聞かれる。名前は呼ばれないが、顔は覚えられている。注文を確認されなくなっている。
それは、反復だった。
反復は、南里の言葉に置き換えれば、ポジションの継続だった。一度組んだポジションを維持し続ける。毎日セータが効く。大きな動きがなくても、時間が味方になる。その積み重ねで利益を取る。
だが、店に通うことの反復は、ポジションの維持とは違った。ポジションはいつでも閉じられる。利確も損切りもできる。だが、顔を覚えられた店を切るのは、ポジションを閉じるのとは少し違う。
違うとは思いたくなかった。
車を出した。古家へ戻った。後場の準備をする。
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後場はいつも通りだった。指数は小動き。IVは横ばい。ポジションに変化なし。
十五時十五分、引けた。微増。何も起きない日の積み重ね。
振り返りをノートに書いた。損益、ポジションの状態、IVの推移。いつもと同じフォーマット。いつもと同じ量。
ノートを閉じた。
台所で水を飲んだ。窓の外は明るい。七月の日は長い。十八時を過ぎてもまだ光が残っている。
明日も前場を見て、昼に片岡の店へ行くだろう。行かない理由がない。あの店は安くて、近くて、味がいい。効率の問題だった。
効率の問題だった。そのはずだった。
だが効率だけで説明するなら、弁当を買って帰る方が早い。車で往復する時間がいらない。待つ時間もいらない。食べる場所も選ばなくていい。
それでも店へ行く。座って、出されたものを食べて、会計をして、出る。そのことに、効率とは別の何かが少しだけ混じり始めている。
認めたくはなかった。
効率だけで説明できるはずなのに、少しだけ消えない残りものがあった。




