一億の意味
※本作の相場や金融商品、取引制度は物語上の架空設定です
七月に入っていた。梅雨明けはまだだが、雨の間に差す日差しが強くなっている。朝から光が白い。窓を開けると、湿気を含んだ熱が一度に入ってくる。
南里は五時に起き、いつものようにスマホで米国市場を確認した。S&Pは小幅高。VIXは低水準。何も動いていない。
PCを起動し、スプレッドシートを開いた。
資産の推移を見る。月次の損益曲線。四月にこの生活を始めてから、緩やかに右肩上がりになっている。大きく勝った月はない。大きく負けた月もない。セータの効きで、少しずつ積み上がっている。
生活費を引く。家賃、食費、光熱費、通信費、ガソリン代。東京にいた頃の三分の一以下に圧縮できている。向島に来た甲斐はあった。固定費が低いぶん、資産の減少を抑えながらポジションを維持できる。
問題は、一億までの距離だった。
現在の資産額を見る。一億には遠い。遠いが、計算上は不可能ではない。今のペースでセータを取り続ければ、月次でプラスを維持できる。だがセータだけでは遅い。IVが大きく動く局面が二度か三度来て、そのたびに適切にポジションを取れれば、一年半から二年で届く可能性がある。IVが跳ねたとき、プットの売りを仕掛ける。跳ねたIVが元に戻る過程で、プレミアムが縮小する。その差を取る。会社にいた頃に何度もやった手法だった。
可能性がある、というだけだった。確実ではない。IVが跳ねたとき、正しく入れるかどうか。あの日のように、判断を間違えないかどうか。
南里はその数字を見ながら、指先でトラックパッドの端を触っていた。癖だった。考え込むときに出る。
一億。
この数字は、最初からあったわけではない。会社にいた頃は、数字の目標は部署の予算として与えられるものだった。自分の資産を増やすこと自体は考えていたが、「一億」という具体的な線を引いたのは、辞めてからだった。
辞めた理由を思い出す。思い出したくはないが、数字を見ていると浮かんでくる。
あの日の板の動きは、今でも再生できる。プットの売りポジションが大きく膨らんでいた。IVが急騰し、プレミアムが逆方向に跳ねた。切るべきだった。ルール通りなら、損失が一定を超えた時点で切る。それが規律だった。
切らなかった。
戻ると思った。いつもなら戻る。過去のデータでは、この水準まで跳ねたIVは三日以内に半分戻している。確率は七十パーセント以上。統計的には正しい判断だった。
だが統計は、個別の局面を保証しない。戻らなかった。翌日さらに下げた。含み損が膨張した。証拠金の追加を迫られた。
「今回だけは例外だ」と思った。例外を作った瞬間に、規律は壊れた。一度の例外が連鎖した。二日で、数年分の利益を吹き飛ばした。
金額だけの問題なら、立て直せたかもしれない。だが壊れたのは金額ではなかった。
自分は見えている側の人間だ、という確信が壊れた。
相場の構造が読める。リスクを限定できる。感情に流されない。そう信じていた自分が、あの二日間で崩れた。感情に流されない人間が、「今回だけは」と言った。構造が読める人間が、目の前の板を直視できなくなった。
その後の日々を思い出す。朝、デスクに着いても板を開くのが怖かった。同僚の視線が気になった。上司との面談で、声が安定しなかった。損失の報告書を書いたとき、自分の手が震えた。
辞めた。辞めるしかなかった。あの場所にいたら、自分が何者だったかすら分からなくなりそうだった。
辞めてから、一億という数字を置いた。
会社にいた頃のインセンティブから、失った額を足して、さらに上に置いた。そこに届けば、あの失敗は「途中の損失」になる。あの日の判断ミスは、長期の損益曲線の中の一つの凹みになる。
届かなければ、あの日が最後の頂点になる。自分は、あそこで終わった人間になる。
一億は、夢ではなかった。自由でもなかった。自分はまだ壊れていないと証明するための最低ラインだった。
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南里はスプレッドシートを閉じた。
窓の外が明るくなっている。七月の朝は早い。六時を過ぎると、もう完全に昼の光だった。
近所から音がする。車のドア。水を流す音。どこかの窓が開く音。この一帯の朝は、南里の思考とは関係なく始まっている。
台所でパンを焼いた。コーヒーを淹れ直した。六畳間に戻り、机に向かう。
八時。前場の準備を始めた。指数オプションの板を確認する。原指数は小幅高。IVは低い。今日も待つだけの日になりそうだった。
画面を見ていると、会社時代のデスクが一瞬浮かんだ。広いオフィス。複数のモニター。ブルームバーグの端末。隣にアナリストがいて、向かいにトレーダーがいた。情報は潤沢で、インフラは整っていて、コーヒーは自動で出てきた。リスク管理部が毎日数字を確認していた。一人で判断しなくてよかった。一人で間違えることもなかった。間違えたのは、自分が独断で動いたからだった。
今は六畳間に一人。モニターは二台。隣にいるのは畳の匂いと壁の湿気だけだった。リスク管理部はいない。止めてくれる人間もいない。全ての判断は南里一人の責任だった。それが自由であり、怖さだった。
落ちたとは思わない。落ちたとは言わない。ここは再起のための拠点であって、落ちた先ではない。ここで積み上げて、一億に届かせて、そのとき初めて「あの失敗は途中の出来事だった」と言える。
届かなければ、何も言えない。
南里は画面に目を戻した。板の数字が並んでいる。IVの数値、プレミアムの厚み、デルタの偏り、セータの減衰率。これが南里の言語だった。この言語でしか、自分を証明する方法がなかった。
九時、前場が始まった。板が動く。出来高は薄い。何も起きない一日が始まった。
何も起きない日を重ねて、少しずつセータで稼ぐ。時間が味方になる。静かに積み上がる。そうやって一億に近づく。近づけると信じている。信じているというより、信じるしかなかった。信じなければ、この六畳間に座っている理由がなくなる。
一億は目標ではなく、まだ終わっていないという証明だった。南里はまだ終わっていない。まだ戦っている。そう言い続けるために、この数字が必要だった。




