第473部 常楽寺の木村(佐々木家)一門
近江表、小川城。
上方に派遣されていた黒母衣衆の中川重政が、弟の津田信任と交代して上方から戻り、春から小川城の周りに柵を作って厳重に囲い込み、封鎖を完了している。
中川重政は、観音寺城から安土一帯の沿岸部を、内陸の長光寺城周辺を抑える柴田勝家と分けて担当していたが、上方の京兆・三好軍と逢坂石山対策の為に長期滞在したので、留守の間に志村・小川の一揆衆に基盤を揺るがされ心中は穏やかでない。
激しく炎上する志村城を見て、動揺する小川城の城主:小川孫一郎祐忠と配下の籠城一揆軍。
「志村城が落ちたのではないか」
もはや連携も取れず、織田の全軍が小川家の城を取り巻いている。
(敵中に孤立し、我らの援軍はない)
西側を中川軍、南側を柴田軍、東側を信長本軍、北側を佐久間軍に包囲され、逃げ場のない小川城主の小川孫一郎は、南側の攻撃の旗頭:柴田勝家の軍勢から単騎使者が来るのを見て迎え入れた。
「我は柴田勝家家臣:毛受茂左衛門勝惟、我が主:勝家が小川孫一郎の名を惜しみ申し上げる。改宗し侍分に戻るならば、勝家が大樹様、信長様にとりなし、責任をもって召し抱えようぞ」
「降伏する」
あっさりと心が折れた孫一郎。
「殿ぉ」
悔し涙を流し、床を叩く家老の小川右衛門元政。
「命あっての物種だ、赦免されるかは分らぬが、俺はしたがう。お主達は好きにせい」
顔を見合わせる一揆衆。自由を求めて立ち上がったが、信長の大軍の前に何が出来ようか、近江一揆の本拠である金森御坊跡の大将:川那辺からは具体的な命はない。川那辺が籠城するための、ただの時間稼ぎに使われ玉砕するならばいっそのこと織田方に付こうと考える。
「我らも降伏いたしまする」
家老の小川元政を除いて、一揆の他の頭目達は、完全に戦意を失っていたので、柴田軍の調略にこれ幸いと乗ることとなった。
右衛門元政は織田家の陪臣となることを良しとせず、諸国流浪の旅に出る。
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琵琶湖の西内湖の沿岸、常楽寺
湖畔に静かにたたずむ常楽寺城。
北には西湖や、湖に突き出た安土山が見える。
城の外郭に常楽寺湊と沙沙貴神社を取り込み、堀で囲まれた水城である。ここは近江源氏佐々木氏の聖地でもあり、北近江の京極氏や南近江の六角氏からも崇敬され、いわば自治領のような独立的湊町である。
沙沙貴神社の神職を勤める木村家が代々この一帯を治めている。
城主の木村次郎左衛門高重と、分家の木村隼人佐定重に、木村弥一吉清が信長の軍勢を出迎える。
木村家は早くから織田方に通じ、六角氏の居城:観音寺城落城後も六角家臣時代の湊の特権と所領を安堵されていた。
「御家中の佐々成政殿はお元気ですか?」
人懐こい神主さんを地で行く高重が、同じ佐々木の流れをくむ成政を将士の中で見つけようとする。
「成政は上方で奮闘しておるな」
「残念、上方でしたか」
木村は、新しく領主となった中川重政よりも、佐々内蔵助推しを考えているのかと深読みする信長。
「翁は、顔が広いな」
「ここは、琵琶湖を渡る者の中継地でもありますので、旅人から色々な全国の話が聴けますのじゃ」
「ふむ、このあたりの地図はあるだろうか」
「それならば、神社に奉納されたものがいくつかありますので、ごゆるりと検分してくだされ」
「うむ。感謝する」
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信長と、先の志村城の激戦で多く死傷者を出した丹羽長秀軍団が常楽寺に残る。
信長と、丹羽長秀は今回活躍した近江衆を、ここで戦功を纏めて褒賞を出し、働きをねぎらい慰労する。
丹羽家の尾張譜代の者達や、美濃衆に新参の近江衆はお互いの勲功を褒め合って親睦を深めた。
先の戦いで温存された佐久間軍団が、次は先鋒として金森御坊跡の金ケ森城へと先発している。
続いて二陣には川尻秀隆の軍団、三陣には中川重政、四陣に柴田勝家の軍団が次々と出発した。
柴田軍団には、降伏して従った小川祐忠はじめ一揆衆の頭目達が、忠誠心を試されて列の先頭に立たされていた。
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「半兵衛よ、この地をどう見る」
「六角家が拠点を置いた観音寺山城の物資輸送の湊として、西湖に面する豊浦湊と常楽寺湊は栄えています。このあたりも佐和山に劣らぬ地理的要衝とみます。それに南側は平野が広く田畑に適しています。多くの兵が養えるでしょう」
「五郎左は、どうだ」
「観音寺山よりも、安土山のほうが低く、山頂へもなんとか大岩を運べますね」
「しかし殿、これから先、膨大な人数の家臣達が住む時、その城下はどうなりましょうか」
半兵衛が城の将来像を心配する。
奇妙丸が率いる十万を越える大軍が、やがて織田家に出仕したとき、その城下はどうなるであろうか。
「楽呂左衛門殿の話では、外国では浅い海にまで基礎杭を打ち込んで家を建てて水の都を造っているそうですよ」
五郎左衛門が佐和山で話していたことを思い出した。
「なるほど、それにこの地は海ではない故、塩水でもなく、飲み水や排水にも困らなそうですね」
半兵衛も、なんとかなるのではと考え出した。
「尾張では、農地がなくなれば埋め立てて土地を拡げるのが当たり前だ」
信長が尾張時代の近所の田畑を思い出して語る。
「家臣団を移住させて城下町を作るにしても、いずれ土地の広さに限界が来るが、此処であれば西湖を埋めれば、旧地権者もなく、屋敷地をめぐっての旧家とのややこしい土地争いも起きる心配はないし、地元の近江衆も土地を奪われる訳でもなく、痛くもかゆくもないだろう」
「成程、この安土山を起点に、渦巻のように「の」の字方向に土地を広げればよいのですね」
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「そうだな、いずれはそうなるだろう」
「流石、信長様“百年の計”ですね」
「百年か、奇妙丸の代か、その次の代には大城下町が造れるかもしれぬな。五郎左、お主の理想の梁山泊の地になりそうか」
「まさに理想郷です、さすが私の殿様です!」
自分が才能を認める二人から、逆に褒められて嬉しく思う信長。自分は褒められて伸びる性質だ。
「ここを近江経営の拠点と定めようと思う」
「安土に近い佐和山を与えられたこと光栄に思いまする」
信長が、自身を佐和山に置いたことに深い配慮があったと気付いた長秀。
「うむ、頼んだぞ」
半兵衛は世捨て人ながら、丹羽五郎左衛門を少し羨ましく思った。
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