うらやむ《元締め》
四、
「 ―― いいねえ。 またも、そんなおもしろいめにあって」
「どこが『いい』んだよ。っと、 ちょっとまて」
ヒコイチがのばした片手でおしとどめるようにすると、将棋の盤をはさんでむかいあう相手は、首にまいた手拭いで顔をおさえ、あつくっていけねえや、と団扇をさがした。
じぶんの腰のうしろに差し込んだそれをみつけると、こちらを煽ぎながら「ヒコさんよ、長くかんがえりゃいいってもんじゃねえぜ」とわらう。
くやしいが何も言い返せず、なんだかきゅうにどうでもよくなって、「負けだ、負け」と認めたヒコイチは、相手の手から団扇をもぎとって襟の中に風をおくりこむ。
「なら、これで次の商売はいつもの掛け値で」
駒を丁寧にしまいながらわらう《元締め》とは、将棋で勝てたら、ヒコイチの取り分が増える約束をしているが、いまだに一度も勝てたことはない。
「次はいつごろだよ」この先も勝てそうにないと思いながら、つぎの商売の日をきく。
「そうさな。五日経ったら来てくれ」
《元締め》はヒコイチの分の駒も同じように丁寧にしまうと、まだ汗の浮かぶ顔を手拭いでおさえる。太っていて顔がいつも赤い。瞼も頬も、もちろん顎にも肉がついているのだが、笑ったように目がほそいので、どこぞの小槌を持った神様の仲間のようだと言われるらしい。だが、その顔からはみでる勢いで、黒くてこわい眉と髭が生えているので、ヒコイチにはちがう神様しか思い浮かべられない。
だいいち、わらったように見えてはいても、この男はわらっていないのを知っている。
流しの商売をはじめることになったのはこの《元締め》に出会ったからで、いろいろと世話にはなっているのだが、付き合いは長くともその正体はいまだわからぬままで、本当の名すら、いまだに知らない。
まあ、《元締め》は、《もとじめ》だ。
ヒコイチがいろいろと妙なはなしに巻き込まれたり、聞きこんできたりしたときに、その話をするのは、かぎられたあいてだけだが、そこにはこの《元締め》もはいっている。
ほかは、ヒコイチの流しの物売りで、客としてしりあった《西堀の隠居》と、そのまわりの年寄だが、《下駄屋の隠居》も、《乾物屋》も、『妙なはなし』がわにいるので、こちらのはなしをきいても『いいねえ』などといわない。
あとは、《お坊ちゃま》こと一条ノブタカだ。《お坊ちゃま》は金と時間が余っていて、ヒコイチのはなしを金で買ってくれる。趣味で仲間に加わっている《文士同好会》に、ヒコイチから買い上げた話をもっていってはなしのタネにしてもらうのだ、という説明だったが、ほんとうに『はなし』になって文字になっているのかは知らない。
まあ、ヒコイチが知らないだけで、本はかなり出しているようだ。ぼっちゃまの『百物語会』にはいっている《下駄屋の隠居》であるダイキチは、読んでいるかもしれない。
「で?」
今度は二人の間にお茶とまんじゅうを置いた《元締め》が、ヒコイチが投げ置いた団扇をわきに片付けながら片眉をあげた。
「その、《駄賃》でもらったっていう、水晶は、どうした?」
ああ、と懐をさぐったヒコイチは、財布をとりだしてまんじゅうの横に置き、ここにきた理由を思い出した。
「だからよお、あんな『石』がまたきたって、おれアもお、やらねえぜ。《元締め》がどうやってあの『石』の仕事を受けたのかは知らねえけどよ。ぜったいにおかしな相手だろ」
「いやいや、ありゃあ、お坊様からいただいた仕事だ」
「坊主?じゃああの寺か。あの住職やっぱりおれをかつぎやがったな。《元締め》もひとがわりィ。なら、はじめっからあの寺をおれに教えりゃいいだろう?」
あそこへつくまでの、無駄な寄り道を思い出す。




