ほんとのこと
むっと押し黙ったヒコイチの様子に、住職は何か察したように手をふった。
「アレはな、普通の相手ならば、しゃべらんでもすぐに名ぐらいわかるのよ」
「っはあ?そりゃ・・・『サトリ』ってやつですかい?」
ヒコイチの言葉に住職はおもしろそうに白い眉をあげた。
「『サトリ』をご存じか?」
「おれは山育ちだから、ガキのころからよく『サトリ』のはなしを聞かされて、そのうえ一度だけ、会ったこともありまさぁ。 で、ご住職、もしやご住職もそちらのお仲間なんていうんですかい?」言いながらすぐに立てるように少しさがる。
『サトリ』は、口をきかずともこちらのことを《読む》ことができ、山の猟師をからかいに現れる。『からかい』にムキになった猟師が『サトリ』を撃てば、おのれを撃つことになる。
「そうかそうか。なれば、このわしの正体も知れていよう。 ―― わしはな、この山寺を守るためにつかわれておる《蛇》よ」
「へ、へびだって?」
思わず立ち上がったヒコイチだったが、むかいの年寄は先ほどとまったく変わらず座ったままだ。寒気もしない。
たしかに先ほど見た舌は人のものではなかったが、小柄な老人の気配に変わりはなく、姿が突然蛇に変わるということもない。
安心したヒコイチに、住職はにんまりとしてみせた。その顔をみてなんだか力がぬけた。
「なんでエ。さては、ご住職、このおれをかつぎやしたね?」
あの舌も、偽物か。
「なになに、ほんとのこと。しかしヒコイチ殿、あの男が水晶を置いていくのももっともなこと。それを肌身離さず持つといい。どうやらおまえさま、《こっち》に近いようじゃな」
「『こっち』?」
「とにもかくにも、また『石』が無事にかえられ、なによりじゃ」
「『また』?ってことは、こういうことが前もあったんですかい?」
「あの『石』はな、いつもはわしらの住処の大滝におるんじゃが、ときたま行方がわからなくなる。この百年ほどの合間に三度ほどかの」
「またそうやってかつごうと。百年の合間にって、見てたようなことをおっしゃる。だいいちそれじゃあ、まるであの『石』が、動いて勝手に出て行ってるみてえじゃねえですか」
「そうよ。だからそのたびおおごとよ。 だが今度は、あの男が『ととのえて』から迎えにくることになっていたでなぁ」
「『ととのえて』?なにをです?おれぁここに着くまでにずいぶんといろんな寺をまわってようやく当たりについたンですがね」なにか、ととのっていたのか?
「でも、こうして着きなさったじゃろ?」
「まあ、たしかに・・・」
どうにもこの年寄は、この状況を楽しんでいるようだ。やはりさっき見た舌も見間違いか何かの仕掛けで、こちらをとことんかつごうとしているのかもしれない。
なにしろ歩きまわってここの『当たり』をみつけるなどということ自体、からかっているようなものだ。
もどったら事の顛末をあの《元締め》にきつく問いただしてやろうと心に決め、これ以上、『石』についてのはなしを住職からききだそうとするのはやめた。
「 ―― まあいいや。とにかく石はおさめましたぜ」ではこれで、と頭をさげ立ちあがったのだが、最後に、と思って聞いた。
「 ―― それで、ご住職はいま、おいくつになられるんで?」
「そうさな、四百にとどくほどかの」
にんまりと微笑んだ住職の黒い眼が、急に蛇のように細くなったような気がして、ヒコイチは逃げるように寺を出た。




