石をとりにきた男
三、
ぼんやりと目をあけたら天井板がみえ、黒ずんだ千社札のようなものがたくさんはられているのがみえた。
「ヒコイチどの、おかげんはいかがかな?」
すぐに年寄りの気遣う声がした。
「はあ・・・」
のろのろと起き上がると、囲炉裏のそばにすわる老住職が、またあの白磁に水をついで渡してくれた。
「 あのぅ・・・、あっ、石!」
担いできた籠ごとなくなっている。
「おお、無事に《おさめ》られましたぞ」
「は? ―― あ。・・・ 」
そこでようやく、『ごめん』という男の声と、頭にうけたあのしびれをおもいだす。
「アレの声にやられたのじゃろう。『どうにも嫌われたようだ』と笑っておった」
「いや、嫌いも何も、・・・」
とりあえず乾いた口をうるおそうとひとくち含んだ水の味に驚き、「酒じゃねえか」と白磁の中身の匂いをかぐ。ところが、酒のにおいなどしない。
「ほお。酒となったか。これまた良縁」
住職は笑って懐に手をいれると「これを、ヒコイチどのに渡すようにと」折りたたまれた懐紙をわたしてきた。
はあ、と受け取ってひらいた紙の中に、ころりと丸く、透けた玉が転がる。
たしか代金はもう、もらってあるのだ。子どもの駄賃とばかりに、洒落でビードロ玉をおいていったのだろうか。
いや、それよりも、さっきからずっと気になっていることが・・・。
「ほう、水晶じゃなあ」
ヒコイチが残した白磁にのこる《酒》となった水をすすりながら、紙の上のきれいな玉をみた住職はわらった。
「『水晶』だって?ビードロじゃねえんですかい? いや、それよりご住職、 ・・・なんで、おれの名をご存じで?」
名乗った覚えはない。
またわらったあいては白い器にくちをつけ、「うまい」とうなってから口のまわりを舌でぬぐった。
その様子をじっとみていたヒコイチは、寒気なんかしていなかったのに気付いてしまった。
・・・舌が二枚?いや、舌先が割れてるのか・・・?
べろりとだされた年寄に似合わぬ朱色の舌は、先からきれいに割れていて、ちろちろと震えるように白磁の水をなめだした。
腰を浮かしかけたヒコイチに、住職が「待ちなされ」と言って器をあおった。
「 いやいや、久しく味わっておらん甘露であった。ヒコイチどのに礼を申すわ。 さて、おまえさまの名をどうして知ったかといえば、あの石をとりにきた男からきいたまで」
とすると、その『男』は元締めと知り合いということか。
この仕事をヒコイチに言いわたしたときには、相手のことはまるでわからないなどと言っていたくせに。




