ヒコイチは忘れない
「 そうだ。それで『石』を背負ってもらって、この寺まで来てもらう。そして拙僧とつながってもらうためにお会いしようとしたが・・・、どうにもわしが気張りすぎたらしくてな」
ジョウカイの太い笑い声でヒコイチの耳がうずき、ヒコイチは気を失ったときのことをおもいだし、恥ずかしくなって耳をかく。
「 ―― まあ、とにもかくにも、《あの方》とヒコイチどののつながりはできたので、わしとのつながりはその水晶にまかせた」
ヒコイチの手にある水晶を目で指す。
「あいまに、母猫をヒコイチどのの長屋近くに住まわせたが、その猫が、長屋に住むチョウスケどのの『気』がひどく臭いと申す。さらには庭木になった女たちにも頼まれたので、すこしばかり厄ばらいに手をかしたのだ。 ああ、それと、あの《キョウタ》がトメヤにいた記憶はもう誰ももっておらぬが、『オオクロ』のことは皆が覚えたままであろう」
「 あの、 その《キョウタ》さんが、・・・まあ、天人さまだかなんなのかは知らねえが、トメヤにいたのはどういうわけで?見つけたのは母猫だとかいってましたが・・・」
あのときの感触をおもいだしてなんとなく口元に手をやりきくと、それをおもしろそうにみるジョウカイがうなずいた。
「『オオクロ』が逃げぬように、トメヤにおさまることにした。なにしろ、まちなかで初めてわしに会ったとき、あいつめ、毛を逆立ててにげおってな。そのあとは用心してわしの気配をさけておったが、次に長屋の近くで母猫に出会って、《マツキチ》と《黒猫》でつりあいのとれておった『力』がおかしなぐあいになってしまった。 そこで、これいじょう面倒なことにならぬように、天人がそばであの黒猫をみはることにしたのよ。 『トメヤ』の隠居のセイベイは、マツキチにもヒコイチどのにも縁がふかいようなので、あの店を《つなぐ場所》にしたのだが、あの御仁、《キョウタ》の正体に薄々感づいておったようだな」
「 まあ、 あのじいさんならあるかもしれねえ」
なにしろ、ダイキチの《お屋敷》では、あの蓮池でさまよう煙もみえたほどだ。
「あとは、もういちど、ヒコイチどのにこの寺にきてもらい、おじうえとわしにつながってもらうようにしくんだ。そうして、《カンジュウロウ》である《マツキチ》につながってもらったというわけだ。 ―― おかげで、ついてひとつになったマツキチと黒猫は離れて、ようやく、 ―― それぞれがもどりたいところにもどれた。 これに懲りて《あの方》も、もう勝手にであるくようなまねをせぬとよいのだがな」
ジョウカイが後ろにおいた杖に手をのばし、とりあげた。
「 さて、―― ほんとうならば、これまでのこと、この坊主の顔とともに忘れ去るよう『後始末』をつけねばならぬのだが、 ―― なあ、ヒコイチさん、」
いきなりくだけた呼び方をすると、じゃらりと、懐から水晶の数珠をとりだした。
「 ―― あんたが《乾物屋カンジュウロウ》のことを覚えてるその中に、あのカワキタ屋のことだとか、マツキチのこともいっしょに、いれておいてもらえねえかなあ?」
『おじ』だという先のジョウカイによく似たそのくだけた口調に、ヒコイチは笑ってしまう。
「あたりめェでしょ。それとね、ジョウカイって名のとんでもねえ二人の坊主のことだって、おれは忘れたりしねえさ」
すると坊主はひくくうなり、それはちと困る、と数珠を手にまきつけた。
「 わかっておろうが、わしらはヒトの坊主ではないゆえ、 ・・・おじうえにまたおこられるな」
その様子は、《お師匠》にあこがれる『センネン』のままだった。
ふいにジョウカイはたちあがり、水晶のそろった粒でできた長い数珠をまいた手を立て、あの、経のようなものをうたいはじめた。
まだ囲炉裏端にすわったままのヒコイチの体は、なんだか軽くなってゆく。
あのときのマツキチのように薄くなって、このまま消えてしまうのかもしれない。
そうしたら、また、カワキタ屋の三人のきょうだいに、会えるだろうか?
そう思ったとたん。




