ミャアウ
これで終わりです
二十七、
とん
目にしたのは石段で、自分が今そこに腰をおろしているのだと気づく。
「 あらヒコさん、今日はもうしまいかい? 」
声をかけてきたのは、ときたま顔をだす商売先の料亭の女中頭だった。
「 あ あ・・・。 いや、今日は、・・・そう、しまいだ。 またいいものがはいったら寄らせてもらいまさあ」
挨拶してそばに置いた籠に手をのばす。
中身ははいっておらず、軽かった。
「そうかい?まってるよ」
女がしなをつくるように言いおき、去ってゆく後姿をみながら、あたりをみまわす。
人が行き交う道と、まちなみをみなおし、匂いをかぐ。
まだ、冬にはほどとおい、湿気りぐあいに、おのれの汗と、通りのむこうで打ち水をした土のにおいがする。
勢いをつけ立ち上がって数歩ゆき、振り返ってみれば、座っていた石殿はなかほどで崩れて切れ、そこから上は荒れた竹藪だった。
もちろん、山を囲うようなりっぱな石垣などもない。竹におおわれたこの山の上には、もしかしたら荒れた寺が残されているかもしれないが、石をとどけたあの寺ではないのだろう。
道をはさんだ奥の木々のなかに、甘味処もなく、代わりにお稲荷さんの小さな社があることにきづく。
いや。《あの寺》をおとずれる、狐か狸の仕業だったかもしれない。
わらうような息がもれ、空をみあげた。
雲はなく、もうすぐ夏がくることを知らせるように、陽射しがきつい。
片手をあげ、それを遮るようなふりをして、目元から顔をぬぐった。
「 ―― さあて、松庵堂にでもいくか 」
西堀の隠居の顔を思い浮かべ、くちにした。
『今の時期は水ようかんや、あじさいを模したきれいな生菓子がよろこばれますよ』という、お坊ちゃまの言葉を思い出しながら懐に手をいれ、手ぬぐいをそっとだす。そのなかにおさまっている、丸い粒が指先にあたった。
ヒコイチはひとつうなずくと、『お師匠』におこられる『小坊主』をおもいうかべて微笑んだ。
松庵堂はまた今度。
今日は、酒を買ってゆこう。
ながい、ながい、はなしになってしまうが、《カンジュウロウ》という黒猫が、もう、いってしまったはなしを、はじめからおわりまで、セイベイにしなくてはならない。
カンジュウロウがいなくなれば、セイベイはさびしいおもいをするだろうとなどと勝手なことをおもっていたが、あの二人には、ヒコイチもしらないずっと長く強いつながりがあるのだろう。
こちらのはなしをききおえたセイベイは、わらいごえさえたてるかもしれない。
一方のヒコイチは、このはなしを、順をたどって、とりこぼさずに、泣かないままで伝えきることは、できるだろうか?
だが、マツキチとカンジュウロウのために、ヒコイチができる『後始末』は、こんなものしかない。
空をまたみあげ、ぎゅっと眼をとじてあけてから、景色が変わっていないのをたしかめ、歩きだす。
ミャア
ふりむいたが、そこに猫はいない。
ミャアアアウ
どこかで、また猫がないたが、
ヒコイチはもう、足をとめなかった。
目をとめてくださったかた、お付き合いくださったかた、ありがとうございました!!




