ジョウカイ
二十五、
とん
なのにまた、
なにかかたいものを軽くたたく音がして、目をあけた。
そこは、見覚えのある場所だった。
トメヤの店のあがり口には、キョウタが膝をそろえて手をつき、ヒコイチを見上げ微笑んでいる。
「ヒコイチさんには、世話をかけました」
まるで、商売の礼を言われているようで、手ぬぐいで顔をぬぐったヒコイチは、顔をしかめてこたえた。
「 『世話』? ―― なあ、キョウタさん、あんたが誰で、何モンだかは知らねえが、どっからどこまでのことを知ってて、どんなふうにかかわってくるんだ? おれぁもう、・・なんだか、ひどくつかれちまって・・・どうしたらいいかも、わからねえや」
すこし投げやりな気分になって、笑ってしまう。
あまりにもたくさんのことが、この数日で起こりすぎたが、もう、何年もそれを続けてきたような感覚もある。
自分たち以外だれもいないトメヤの店先には、さっきまでお客が見ていたようにいくつかの反物がつまれている。それをむこうにながめながら、キョウタが何度もうなずく。
「お疲れになったのはいたし方がないこと。 なにしろあなたをつかって、マツキチを正しい場所におくるようにしたのですから」
「おれを『つかう』?」
「《ジョウカイ》がおもいついたことですが、おかげで助かりました。 これはもともと、《あの方》が、ちょうどあのとき、そばで『休んで』おられましたせいで・・・」
「だれが、どこで休んでたって?」
なんの話なのかまったくわからないヒコイチがききかえそうとしたとき、にゅうっと、キョウタの腕がありえないほどのび、そのままヒコイチの首にからみついた。
「っくそ!」 寒気なんかしなかったのに
油断したのを悔やんだのと同時に、きれいなキョウタの顔がせまり、化け物にでもなるかと思ったきれいな顔がそのまますうっとよって、やんわりと、口をすわれた。
「 そのうちに、また 」
ヒコイチの首にはもう腕はからみついておらず、むかいに立つキョウタの姿が驚くほど変わっていた。みたこともない薄い布の袖のない着物姿で、豊かな髪を高く結いあげ、体からはほのかに光をはなっているようだった。
声もだせずにいるヒコイチをおもしろそうにながめる相手のからだが、ふぅわり、と浮かびあがり、そのまま店の天井へとすわれるようにゆっくりと消えた。
とん
また音がして、ヒコイチは薄暗い板の間にいた。
ここも、見覚えのある場所だ。
広いその場の四隅には、蝋燭がぼうっとゆれ、むこうの奥には、なにも祀られていない立派な須弥壇がみえる。
「 喰われずになにより 」
「っわあ!」
いきなりの声に耳がしびれ、驚きふりかえると、杖を持ったあの《ジョウカイ》がいた。
「たしか、天人に口を吸われると、死ぬまで口から良い香りがするらしいぞ」
笑いをこらえるように、頭にかぶっていた黒い布をとる。
ヒコイチはその顔をにらみ、鼻をならした。
「 ったくよお、なんのことわりもなしに、このおれを『つかった』らしいじゃねえか?いったいどういうことになってんのか、ぜんぶはなしてもらうぜ」
「ほお。今日は、しっかりと『気』をたもたれておる」
「あったりめえだ。また気ィ失ってるうちに、逃げられでもしたらたまらねえ。 いいか、ぜんぶ聞きだすまで、おれをまた、『コン』って音で、どこかにとばすのは無しだからな」
ヒコチのこの言葉に、坊主は腹の底から笑い声をあげた。
じんじんと、ヒコイチの耳の奥に響くそれで、なんだか体が温まってきた。どうじに、眼の奥もじんとする。
「 ―― まずはじめにききてえのは・・、どうしてあんたが『ジョウカイさま』なのか、ってことだ」
最後にマツキチになったカンジュウロウは、たしかに坊主を『ジョウカイさま』とよんだ。だが、しかし、――
「 ―― 体はでかくなったが、顔はあんまり変わってねえなあ。どうりでチョウスケもすぐに信用したはずだ。 なあ、―― センネンさんよ」
むきあった坊主が、懐かしそうに、照れたように微笑んだ。




