抱えて支えて
「 はあ?《魂》がひっついた?」
ヒコイチは自分の背中についた年寄を振り返る。
「 ああ・・・悪い方にかたむきましたね・・・」
キョウタが悲しそうに目をふせた。「 ・・・黒猫も親兄妹を目の前でころされ、しかも間が悪いことにちょうど『力』を手にしてしまい、マツキチのところまで行ってしまった。カギフジ屋に連れて行ってからも、人の言葉をはなしたはずですから、ずっと、おたがいの仇について話したでしょう。 マツキチが、毎日顔をあわせ、商いを手伝い、いっしょに暮らすその相手を、『苦しんで死ぬように』などと、ずっと念じ続けるなど、一人だけだったら続いたかどうかわからないが、出会ってしまったあなたたちは『悪い方で』お互いを支え合ってしまった・・・。 なによりも、猫がしゃべらなければまた、ちがった道もあったでしょう。 ―― さあ、マツキチ。もう、その黒猫を、この母猫にかえしておあげなさい」
白猫が、すうっとヒコイチの足元に寄った。
後ろの乾物屋が、ひゃあっ、ととびのく。
「お、 おれじゃあねえ。 おれじゃなくって、クロがな。その、―― あんとき ・・・自分だけ逃げだしたのを・・・、とがめられるんじゃねえか、ってなあ」
乾物屋のその言葉をさいごまで聞かないうちに、白猫がつよくながく鳴き声をあげた。
「ああそうか・・・、とがめる者などいないのに、おのれだけ逃げたことを、ずっと悔やんでいたか。ならば、《魂》がよびあったのはそのせいだろう。自分だけ助かったマツキチと、おなじものを抱えていたせいだったか・・・」
キョウタの声に、ヒコイチの耳の奥がじんとする。
ミャアウ、とかよわい声が後ろからしたとおもうと、黒くて小さなものがヒコイチの後ろから足元をさっとすぎ、白猫がうけとめるように身体をまるめてその黒い子猫をかかえこみ、いっしんに、なめだした。
「 ・・・そうか・・・、 クロ、 おめえ・・・、かあちゃんのところに、・・・かえれたか・・・」
ヒコイチのうしろでこぼれた年寄りの声が、泣きそうにゆれる。
ぐっとあごに力をいれて口をとじたヒコイチは、あしもとの親子をみつめたまま、後ろに手をつき出した。
「・・・おめえだって、かえれるはずだ。 ―― いいか、マツキチ。 おまえが覚えていなきゃならねエのは、《燃えてるカギフジ屋》なんかじゃあなくって、《兄ちゃんと、姉ちゃんといっしょにすごしたカワキタ屋》だ。 あの、 ・・・あったかくって、たのしかった・・・、兄妹三人での、思い出のほうだ。 ・・・もう、いいじゃねえか・・・、カギフジ屋のこともなにも、もう、置いて行けよ。いつまでも、そうやって、黒猫といっしょにくっついてねえで、かえれよ、 ・・・おまえが・・・、 ―― おまえがほんとうにかえらなくっちゃならねエのは、そっちのほうなんだよ!」
ヒコイチの叫び声に驚いた猫たちがはじけたようにとびすさると、街なみは消え、そこはただの《黒いところ》になってしまった。
その、黒くってなにもみえない中、
うしろにだしたヒコイチの手を、ぎゅうと力強くにぎってくる ―― 子どもの手があった。




