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大滝の石と黒猫のはなし  作者: ぽすしち
二十二

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63/67

乾物屋キフショウのカンジュウロウは、もう仕舞い


 横からこちらをのぞきこむ、もう年寄になったマツキチは、その怒りも悲しみも後悔もすべてをのせて、わらってみせた。



  その笑顔は、ヒコイチがよくしるものだ。



「 ・・・ちくしょお、・・・ちがうだろオ、ちがうんだよなあ?」

 悔しいような情けないような涙がこみあげてくる。



「・・・いいや、ちがわなねえさ。 なんだよ、ヒコ、こうやってひさしぶりに会えたってのに、ひでエ顔してやがるなあ」

 


 ここでようやく、マツキチという子どもの無邪気な笑顔と、よく見知っていた年寄の世間を馬鹿にしたような笑い顔が、どうにかかさなる。



「 ちくしょう・・・。さっきおめえが黒猫をだきあげたときに、ようやくわかったぜ。 マツキチみたいなかわいいこどもが、あんたみてえなかわいげもねエじいさんになっちまうなんてよ・・・ 」

 今の気分をごまかすように目元を腕でぬぐう。



「人はだれでも変わるもんだ。 ―― とくにおれは、最後が猫になっちまったしなあ」


 にゃあお、とかわいい猫の鳴き声をしてみせる 《 乾物屋の大旦那カンジュウロウ 》 は、あのがさつく笑い声をあげ、ゆっくりとヒコイチの横を歩きながらつづけた。


「 ―― 火事から生き残ったおれがそのあとどうしたか気になるだろう? いいか、おれはそのあと、ずっと東にはなれた街で乾物を卸してる商家に、見習いとしてはいった。 なんと、そこの親父が代々継いでる名が、カンジュウロウだったのよ。カワキタ屋の旦那さんともおんなじ名だ。こりゃあもう、おれが継ぐしかねえ、と思ったな。  どうだ。いい名だろう?」


 久しぶりに見た、人のかたちをした『乾物屋』が、人の悪い笑みをみせる。




 ヒコイチは足元をながめ眉をよせた。

「 じゃあ・・・、西堀の隠居がきいた『わけありの大店』ってのは・・」



「カギフジ屋のことだ。材木商が火事起こしたんだからなあ」



 『あっちこっち』 ―― たしかにマツキチは動かされた。



「・・・あれ、 まてよ・・・西堀の隠居と幼馴染なんじゃ・・・」


 立ちどまろうとしたのに、まだ足がとまらない。


 乾物屋もかわらずゆっくり歩きつづけ、しゃべる。


「だからよう、この土地は、二番目の親父が商売してた町なのさ。 おれは五つまでここですごして、カワキタ屋へおいはらわれた。そのガキのころにセイベイに会ったのよ。 ―― カギフジ屋が火事をおこしちまったんで、弟がここでやってたおなじ材木商も閉めねえとならなくなった。おれはそれを見届けにまたここに戻ったんだが、そんときに、『カンジュウロウ』って名が聞こえてな。あんときは体がふるえたぜ。耳にした『カンジュウロウ』が、乾物屋の旦那の名前だとわかったんで、おれはすぐに店をたずねて、自分の素性をかくさずはなした。そんで働かせてほししいってたのみこんだ。 ・・・《キフショウ》の旦那さんたちは、深くききだすこともなく、おれを雇ってくれたさ。だから、その恩にむくいるよう、おれは働いた。そしたら旦那さんたちは、おれを養子にとってくれたさ。そのおかげで、セイベイにまた会ったりしてな・・・。 ―― 商売はうまいこといった。おれは養子に迎えられたが、旦那さんは、店を好きにしていい、っていうようなお人でな。嬉しかったが《キフショウ》の名を残せるようにしようと思ったさ。だからおれのあと、店は番頭につがせた。 ただ、『カンジュウロウ』はもう、おれで仕舞(しま)いだ」



「 ・・・血の縁だけが、つながりじゃねえもんな 」



「そうよ。よく覚えてるじゃねえか」


 よくしる街を、生きているカンジュウロウと散歩しているようだった。

 いや、乾物屋が『生きて』いた頃は、そんなことしなかったが。



 いろいろなことが頭をよぎり、セイベイの顔がよぎった。


「・・・なあ、なんでしゃべらねえんだ。西堀のじいさんも心配してんぞ」




   とん



 なにか固いものが板をついたような音がして、街並みが、どすん、と揺れた。


 ヒコイチの体は揺れなど感じなかったのに、足が、もつれそうになる。



「 い、いや、 ちょっと、いろいろあってな」

 もごもごと言い訳する乾物屋は、きょろきょろとあたりを見回している。




 いつのまにか、街のようすがかわっていた。



 先ほどまですれ違っていた人の姿はなく、軒をつらねる店は開いたままだが、人の気配がまったくなくなった。

 とまどいはしたが、それよりも、カンジュウロウのいった、『いろいろ』とはなにかとたずねようとしたときに、ひと気のなくなったむこうの通りの角から、すっとでてきた影が、さきにたずねた。




  「 その『いろいろ』とは、わたしにみつかった事ですか? 」


 


 その優しい声音に、隣のカンジュウロウが、「ぎゃあ!」ととびあがった。









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