乾物屋キフショウのカンジュウロウは、もう仕舞い
横からこちらをのぞきこむ、もう年寄になったマツキチは、その怒りも悲しみも後悔もすべてをのせて、わらってみせた。
その笑顔は、ヒコイチがよくしるものだ。
「 ・・・ちくしょお、・・・ちがうだろオ、ちがうんだよなあ?」
悔しいような情けないような涙がこみあげてくる。
「・・・いいや、ちがわなねえさ。 なんだよ、ヒコ、こうやってひさしぶりに会えたってのに、ひでエ顔してやがるなあ」
ここでようやく、マツキチという子どもの無邪気な笑顔と、よく見知っていた年寄の世間を馬鹿にしたような笑い顔が、どうにかかさなる。
「 ちくしょう・・・。さっきおめえが黒猫をだきあげたときに、ようやくわかったぜ。 マツキチみたいなかわいいこどもが、あんたみてえなかわいげもねエじいさんになっちまうなんてよ・・・ 」
今の気分をごまかすように目元を腕でぬぐう。
「人はだれでも変わるもんだ。 ―― とくにおれは、最後が猫になっちまったしなあ」
にゃあお、とかわいい猫の鳴き声をしてみせる 《 乾物屋の大旦那カンジュウロウ 》 は、あのがさつく笑い声をあげ、ゆっくりとヒコイチの横を歩きながらつづけた。
「 ―― 火事から生き残ったおれがそのあとどうしたか気になるだろう? いいか、おれはそのあと、ずっと東にはなれた街で乾物を卸してる商家に、見習いとしてはいった。 なんと、そこの親父が代々継いでる名が、カンジュウロウだったのよ。カワキタ屋の旦那さんともおんなじ名だ。こりゃあもう、おれが継ぐしかねえ、と思ったな。 どうだ。いい名だろう?」
久しぶりに見た、人のかたちをした『乾物屋』が、人の悪い笑みをみせる。
ヒコイチは足元をながめ眉をよせた。
「 じゃあ・・・、西堀の隠居がきいた『わけありの大店』ってのは・・」
「カギフジ屋のことだ。材木商が火事起こしたんだからなあ」
『あっちこっち』 ―― たしかにマツキチは動かされた。
「・・・あれ、 まてよ・・・西堀の隠居と幼馴染なんじゃ・・・」
立ちどまろうとしたのに、まだ足がとまらない。
乾物屋もかわらずゆっくり歩きつづけ、しゃべる。
「だからよう、この土地は、二番目の親父が商売してた町なのさ。 おれは五つまでここですごして、カワキタ屋へおいはらわれた。そのガキのころにセイベイに会ったのよ。 ―― カギフジ屋が火事をおこしちまったんで、弟がここでやってたおなじ材木商も閉めねえとならなくなった。おれはそれを見届けにまたここに戻ったんだが、そんときに、『カンジュウロウ』って名が聞こえてな。あんときは体がふるえたぜ。耳にした『カンジュウロウ』が、乾物屋の旦那の名前だとわかったんで、おれはすぐに店をたずねて、自分の素性をかくさずはなした。そんで働かせてほししいってたのみこんだ。 ・・・《キフショウ》の旦那さんたちは、深くききだすこともなく、おれを雇ってくれたさ。だから、その恩にむくいるよう、おれは働いた。そしたら旦那さんたちは、おれを養子にとってくれたさ。そのおかげで、セイベイにまた会ったりしてな・・・。 ―― 商売はうまいこといった。おれは養子に迎えられたが、旦那さんは、店を好きにしていい、っていうようなお人でな。嬉しかったが《キフショウ》の名を残せるようにしようと思ったさ。だからおれのあと、店は番頭につがせた。 ただ、『カンジュウロウ』はもう、おれで仕舞いだ」
「 ・・・血の縁だけが、つながりじゃねえもんな 」
「そうよ。よく覚えてるじゃねえか」
よくしる街を、生きているカンジュウロウと散歩しているようだった。
いや、乾物屋が『生きて』いた頃は、そんなことしなかったが。
いろいろなことが頭をよぎり、セイベイの顔がよぎった。
「・・・なあ、なんでしゃべらねえんだ。西堀のじいさんも心配してんぞ」
とん
なにか固いものが板をついたような音がして、街並みが、どすん、と揺れた。
ヒコイチの体は揺れなど感じなかったのに、足が、もつれそうになる。
「 い、いや、 ちょっと、いろいろあってな」
もごもごと言い訳する乾物屋は、きょろきょろとあたりを見回している。
いつのまにか、街のようすがかわっていた。
先ほどまですれ違っていた人の姿はなく、軒をつらねる店は開いたままだが、人の気配がまったくなくなった。
とまどいはしたが、それよりも、カンジュウロウのいった、『いろいろ』とはなにかとたずねようとしたときに、ひと気のなくなったむこうの通りの角から、すっとでてきた影が、さきにたずねた。
「 その『いろいろ』とは、わたしにみつかった事ですか? 」
その優しい声音に、隣のカンジュウロウが、「ぎゃあ!」ととびあがった。




