大事なとこは見ていない
二十二、
「 なんでえ。 なさけねえなあ 」
がさついた笑い声があたりに響いた。
火事場の中にでも放り込まれたかと覚悟して目をひらいたのに、熱さはどこかへゆき、ヒコイチはまた、いい着物を着た男とつれだって、にぎやかな町中を歩いていた。
行き交う人の様子や街並みはおなじようにはっきりみえないのに、さきほどとは違ったまちを歩いているのがわかる。
「大事なとこを見てねえおまえさんに、教えてやらあ」
ヒコイチのとなりを歩くマツキチは、もう三十路すぎだろう。歩き方やしゃべりかたに、貫禄がついてきた。
「毎日親父と番頭が死ぬように念じたって、とどかねぇどころか、カギフジ屋はおおきくなるいっぽうだ」
しゃべりはじめるとすぐ、三十路すぎの顔に肉がついてたるんできた。
声も、どんどんとがさついたものになってゆく。
「ついには、オカミ御用達なんてはなしが来そうになってな。ありゃあ、おれが、おトヨねえちゃんとおないどしになったときだ。 そんときよ、 ―― ようやく、そのときがきたと思った 」
ゆっくりと歩くマツキチは、大旦那にふさわしい落ち着きで、『そのとき』の様子を語りだす。
「 ―― 夜中、番頭をそっとおこし、親父のようすがおかしいんだとつれだし、途中の客間に押し込んだ」
がさついたその声は、商いでつくりあげたものだ。
「馬乗りになり、おまえがあの日、浪人どもをカワキタ屋におくったんだろう、とおれがつめよると、番頭はしらもきらずに、そのとおりでございおゆるしくださいと泣き出したさ。 だがなぁ、 ・・・その、あとがよくなかった」
腕をくんで首をかしげ、仕入れた商品がよくなかったように口をまげた。
「 番頭がはじめからあんなに泣いたのは、ヨシ兄たちが死んだのに、じぶんが関係してるってわかってたからだ。 なのによ、―― 」
『 たしかに浪人どもに金を渡しカワキタ屋さんをうなずかせてほしいと頼みましたが、あいつらは金をもって逃げたんンです。 だって、 カワキタ屋さんが亡くなったのは 《山犬》 におそわれたからでございましょう? 』
それをきいて、じぶんの中の、『なにか』がきれた。
「 ―― あの、『なにか』ってのは・・・、いったいなんだろうなあ? 堪忍袋の緒っていうが、そんなんじゃあねえなあ。下駄の緒っていうなら、いつきれてもおかしくねえが、そういうもんでもねえしなあ」
首をかしげるマツキチは、もう、白髪になって、歩くはやさがおちる。
ぼやけていたあたりのようすが、少し前からはっきりとして、みたことのある町並みになっていた。
すれちがう人たちは、ヒコイチたちを見もせずに、うまいことよけてゆく。
「よおく焼けたぜ。《カギフジ屋》は。 もちろん火の不始末で店はとり潰し。建物全部が焼けたが、死人は二人。火元の番頭の部屋から風の向きで旦那が寝てる奥の間まで、すぐに火がまわったんだなあ。 ―― 番頭と親父の二人が焼け死にだ」
がさがさとした声ですっきりしたよういいはなつ。
すこし背がまがり縮んだかもしれない。だが、こどものころから山を歩いていた足腰はしっかりとして、杖などいらない。
「 ・・・ち、 がうよな?」
口の中が乾いていて、ヒコイチはうまく声がだせなかった。
ほんとうなら足をとめて横をむき、『その火事は、おめえがやったんじゃ、ねえよなあ?』とつめよりたかったのに、歩く足をとめることができない。
いやな考えしかうかばない。
そうだ。
あの番頭は、おのれのおもいつきでけしかけた浪人が、カワキタ屋によくないことを引き起こすことを承知していた。だから、ふたりが『山犬』におそわれて亡くなったときいたとき、あんなに安堵した息をついたのだ。
自分が元で、若い二人が亡くなったわけじゃないと、安心したから・・・。
だがそれは、真実に気づいた者の、いいわけだ。




