泣くに泣けない
十九、
ジョウカイの言った通り、マツキチはヒコイチのことだけを覚えていた。
事実でないこともふくめて。
「 ―― おっとうたちが死んでからずっとこのヒコイチさんがうちの商売を手伝ってくれてるんだ。こっから遠いまちで、うちで扱ってる品を売り歩いてくれて」
「へい、ヨシスケさんにはいっつも世話になってまして。今回カワキタ屋さんに着いた時には、もう・・・」
ヨシスケとおトヨは、『墓参りのかえり山犬におそわれて亡くなった』。
なぜか、まわりが勝手にそう決めて、さっさと葬儀の手筈もととのえられた。
二人の死に顔はきれいなままで、どこにも犬の噛みあとのようなものはみあたらないのに、役人に検分されることもなく、はなしはすんだ。
ヒコイチはカワキタ屋の身内のように扱われ、素性をうたがわれることもなく、マツキチと並んで、村の人たちがしきってくれた葬儀をぼうっとながめていた。経をあげにきた坊主はここから一番近い隣村の寺の住職で、先代のカワキタ屋さんを弔ったときもまだお若いのにとおもったが、こんどは若すぎる、と残念そうにマツキチの頭をなでた。二人の亡骸は、もちろん親であるカンジュウロウ夫婦の近くに埋葬された。
カワキタ屋にもどり、村から来た手伝いの人たちもマツキチを気遣いながらも帰りはじめ、最後には窯焼きのじいさんことタキチだけが残っていた。ヨシスケとトヨがあげる祝言をどうするかと、マツキチと楽しくはなしたばかりだったと、タキチは鼻をすすりあげた。
「 ―― でもなあ、相手が山犬じゃあ、・・・泣くになけねえなあ・・・」
ヒコイチと酒をなめながらじいさんがつぶやいた。
マツキチが葬儀のあいだ一度も泣かなかったことを言っているのかもしれない。
泣かないどころか、マツキチはいまだに一度も口をひらかない。
葬儀が終わったあとも、ヒコイチたちからはなれた隅に座り膝をかかえ、囲炉裏の火をぼうっと眺めている。
「 ・・・まったく、このあたりの山犬はめったに人をおそわんのになあ。知らぬ間に数が増えたのかのお。弟子も、だれひとりまだみたこともないと言ったわ。数が増えたと知っとったら、もうすこし気のつけようもあったのになあ・・・」タキチが重い息をはいたとき、「 マツキチイ! 」とさけび、戸口から転がるようにかけこんできた男がいた。
上等だろう着物はみだれ、ひどく息があがり、首をふりまわすように、あたりをみまわす。
「ああ、だ、だんなさま。まずはお焼香を、」息をきらしあとを追いかけてきた、先の男とおなじようにいい着物をきた男に、ヒコイチは見覚えがあった。
峠ですれちがった二人連れの、先を歩いていた男だ。
「 マツキチ! おまえ、マツキチかい?」
『だんなさま』とよばれた男は追いかけてきた男をふりはらい、むこうにぽつんと座る子どもめざして駆けたが、じいさんに前をはばまれた。
「いきなりなんだ。あんた、どこのだれだ? まさか、あの手紙を送ってきたバカな親父か?」
ヨシスケに送られた『あの手紙』はいま、ジョウカイではなく、タキチのてもとにあった。




