店のつかい
こうなったら、ともかくカワキタ屋から離れずに、起こる事にそなえるだけだ。
ヒコイチは息をつき、腕をくんだ。
するとそこで、懐の中で音をたてた紙のことを思い出す。
「 ―― ああ、そうだ、手紙だ。 ジョウカイさま、それとはまた別の心配事がカワキタ屋に起こってるんだ。マツキチを返せって手紙がきたんですよ。ヨシスケさんもトヨさんも、マツキチを返すつもりはねえが、むこうの居丈高な文句に気弱になっちまってる」
「なに?」
ジョウカイが《囲い》をまわり、ヒコイチの手からとりあげるように受けた手紙にめをすすめるうちに、顔つきがだんだんときびしくなってゆく。
それをながめていたヒコイチの首のまわりが、なんだかむずかゆくなり、ごまかすように首元をたたいた。
「そんなんで、むこうが役人なんかをよこす前に、どうにかできねえかって。ヨシスケさんがジョウカイさまの知恵をかりてえって」
「 ・・・ヒコイチどのは、この手紙、読まれたか?」
「 いや・・・ 」
たたいた首元が、ぞわぞわしはじめる。
「これがきたのは昨日か?」
「ああ。昨日おれたちがまちから帰ったら、ヨシスケさんとトヨさんがケンカしたあとで、二人の様子がおかしくなってて、そうしたらヨシスケさんが、むこうから手紙がきたってん、でっ 」
ぞぞぞぞぞぞ
と、といきなり背の下からなであげるように寒気がかけぬけた。
それに合わせたように《浮いて》いた刀が、かしんかしん、と鞘からぬけようと騒ぎ始める。
「 ヒコイチどの、この手紙はな、むこうの親が自分の《店の者》に持たせた手紙だ。 気持ちばかりの金を持たせてあるのでうけとってほしい、足りない分はその『つかいの者』に伝えてくれとある。カワキタ屋に、むこうの店の『つかい』が、これを持って直に来たんだ」あの若い二人に、店の海千山千でならした《つかい》をよこすなんざ、腹がくろい、と坊主が手紙を床に捨てる。
ヒコイチはなぜか、手紙を預かった時になぜ目を通さなかったのかとおのれに腹が立った。
「 ああ・・・、どうりで、ヨシスケさんがなんだかむこうの親の事情に、うなずくようなことを口にしたわけだ。 金をいくらつんでも《うん》といわない二人の前で、『つかい』できた店の人が、泣いてすがったわけか」
「『つかいの者』には、いい返事だけを持って帰るようにいってあるので、そちらがうなずいてくれないとその者たちは一生店に帰ってこられぬ、などと脅し文句もつけられてある。ヨシスケはただでさえお店にいた身だから、そいつらに塩をまいて追い返すなんてできなかっただろう」
しお?
『 きっと《窯焼き》のじいちゃんのことだぜ。 タキチじいさんはひどい偏屈だから、ヨシ兄としか商売しないんだ。 どこかのあきんどがいきなりきたって、話しもきかずに追い返すし、弟子に塩まかせるんだ 』
「 ああ・・・。 そういやあ、きのう・・・旅の二人連れとすれちが っ てっ!?」
うぞぞぞぞぞぞ
今度こそはっきりと、首筋の毛が逆立った。




