ただそれだけ
この、文字を書いた紙でつくられたおかしな《囲い》の真ん中で《浮いて》いる、黒く長い刀が、まるでなにかに耐えているかのように、小刻みにふるえている。
なにかの仕掛けがあるのを願いながら、刀をいろんな方から眺めてみた。
「 ヒコイチどの、残念だが、浮いてるのは刀がおのれで浮きたいとおもっているからだ。 おれがさっきどうにか『おさめ』て、飛び出すのだけはとめたがな」
むこうに立ったままのジョウカイは、困ったものを眺めるように刀をながめ、腕をくむ。
「 こりゃ、・・・ひょっとして・・・、あの、あれですかい? 人の血を吸って『呪われた刀』とかいう」
「はあ?そんなんじゃあねえが」
「なら、・・・まだいいや」
どうりで、こんなに近づいてもまだ寒気がしないわけだ。
ヒコイチは息をつき、首の後ろをなであげた。
「 ―― 言っておくが、おれはな、『先読み』はするが、手出しはしねえよ。 いや、しねえんじゃあなくって、できねえんだ」
腕をくみ、浮いた刀をみたままの坊主が、これからヒコイチが頼もうとしたことを『読んだ』ようにはなしだす。
「 ・・・たしかにおれは、この先に起こることを夢でみる。そうしてそれが、そのうち起こる。 ・・・若いころはな、それこそセンネンみてえに、何度もそれを、『まげよう』としてみたさ」
「・・・まげられなかった、ってことで?」
その問いに、笑うように息をはき、「ああ」とうなずく男の眼は、深く静かだった。
「 ―― おれができるのは、それが起こった後の『始末』だけよ」
『始末』という言葉は、あざけるようなものだった。
「 それでも・・・、 それでも、あんたのお弟子さんは、それを『まげる』つもりだ。もちろん、おれもだ。 なあジョウカイさま、その『先読み』で起こることってのが、《いつ》起こるかってのは、わからねえのかい?」
ヒコイチの言葉に、ジョウカイは首をふった。
「つまるところおれも、その夢を《みせられてる》だけでな。人の世の坊主とおなじで、おれよりも強い力に遊ばれているようなものだ。 『さきよみ』で『みた』人に近づいて、夢とおんなじことが起こるとき、・・・そばにいてやるだけ。ただそれだけよ」
「『遊ばれて』・・・」
ここに戻ったらジョウカイの首を締めあげてでも、カワキタ屋におこる惨事のことを聞きだそうと思っていたのに、そのくるしげな顔を目にしたいまは、そんな気も失せてしまった。
ジョウカイ自身が『先読み』だけしかできぬ自分に、若いころから苦しみ、あきらめているようだった。




