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大滝の石と黒猫のはなし  作者: ぽすしち
十六

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45/71

まつるものは無し



 どうやら寺で『法事』があるというセンネンのいいわけは、本当だったようだ。


「やっぱりおまえがいねえと文句があるのかもしれねえな。おい、はやく《法事》の用意をしてこい」


「でも、師匠、おれたち、いそいでカワキタ屋さんに戻らないと」


「カワキタ屋の兄妹は今なにしてる?おまえも自分のつとめを果たせ。それもできねえくせに、おれの『先読み』をまげようなんざ、百年はええ」


 師匠の冷たい声にくやしそうに口をとじると、小坊主は庵の方に走ってきえた。



「 そんな目で見るなよ、ヒコイチどの。  ―― あんたがカワキタ屋にとどまるのは勝手だが、先にはなしがある」


 大きく息をついたジョウカイはヒコイチにあがってくるように、階段を目でしめした。






 本堂の中は広く、ほかの扉はすべてしめられているため暗い。ただ、ろうそくが四方にたてられていたので、もやりとした明かりはある。



 はじめはわからなかったが、目がなれてくるうちに、本堂の中にあるものがみえてきた。

 むこうに立つジョウカイの姿も影のように暗い。



「あんたももう、わかってるだろうが、この寺はな、 ―― なにもまつっちゃいねえのよ」


 本堂の中、『まつる』べき『ご本尊』がおかれるはずの囲いのついた立派な黒い須弥壇(しゅみだん)が、ジョウカイの後ろにはあるが、壇の上には何も置かれていない。


「『まつる』ものはねえが、いろいろと、『おさめる』ものは多くてな」



 ジョウカイとヒコイチが立つ間には、おかしなものがあった。


 広い本堂の真ん中を囲うように、いくつも木の棒が立てられ、その棒には白い綱がはられている。

 そして、その囲いのまん中には、黒く細長いものが、《浮いて》いる。



「 ・・・こりゃ・・・、 どういう・・・」


 その《浮いて》いる黒く長い身は、もやりとしたろうそくのあかりでさえ跳ね返すようにうつし、その身に艶があることをしめしている。



「 ―― こいつはときより、あの『大滝の石』みたいに勝手に動こうとするときがあってな。そういう先走りを『おさめる』ため、たまに《法事》が必要なんだが・・・、こんどのは、なかなかこいつの気がおさまらんようで、センネンがもどるのを待っていた」


 ジョウカイが『こいつ』とあごで示し、囲いの中で《浮いて》いるそれは、黒い漆(うるし)ぬりの鞘におさまる刀だった。




 ヒコイチがゆっくりと《囲い》に近づくと、木の棒と見えたのは、見たこともない細長い生木で、見下ろした本堂の床板から、直に生えている。細くまっすぐ上にのびた枝先には、小さな緑色の葉までついており、それが五本、うまく丸を作るように床に生え、その細い幹から幹へと、白い綱をわたされていた。



  いや・・・、綱(つな)でも紐(ひも)でもねえ・・・・


 さらによくみれば、『綱』とみえたのは、なにやら文字を書いた紙を、綱のように細くよったものだった。




 ヒコイチは寒気をおぼえそうな首元をおもわずおさえた。




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