まつるものは無し
どうやら寺で『法事』があるというセンネンのいいわけは、本当だったようだ。
「やっぱりおまえがいねえと文句があるのかもしれねえな。おい、はやく《法事》の用意をしてこい」
「でも、師匠、おれたち、いそいでカワキタ屋さんに戻らないと」
「カワキタ屋の兄妹は今なにしてる?おまえも自分のつとめを果たせ。それもできねえくせに、おれの『先読み』をまげようなんざ、百年はええ」
師匠の冷たい声にくやしそうに口をとじると、小坊主は庵の方に走ってきえた。
「 そんな目で見るなよ、ヒコイチどの。 ―― あんたがカワキタ屋にとどまるのは勝手だが、先にはなしがある」
大きく息をついたジョウカイはヒコイチにあがってくるように、階段を目でしめした。
本堂の中は広く、ほかの扉はすべてしめられているため暗い。ただ、ろうそくが四方にたてられていたので、もやりとした明かりはある。
はじめはわからなかったが、目がなれてくるうちに、本堂の中にあるものがみえてきた。
むこうに立つジョウカイの姿も影のように暗い。
「あんたももう、わかってるだろうが、この寺はな、 ―― なにもまつっちゃいねえのよ」
本堂の中、『まつる』べき『ご本尊』がおかれるはずの囲いのついた立派な黒い須弥壇が、ジョウカイの後ろにはあるが、壇の上には何も置かれていない。
「『まつる』ものはねえが、いろいろと、『おさめる』ものは多くてな」
ジョウカイとヒコイチが立つ間には、おかしなものがあった。
広い本堂の真ん中を囲うように、いくつも木の棒が立てられ、その棒には白い綱がはられている。
そして、その囲いのまん中には、黒く細長いものが、《浮いて》いる。
「 ・・・こりゃ・・・、 どういう・・・」
その《浮いて》いる黒く長い身は、もやりとしたろうそくのあかりでさえ跳ね返すようにうつし、その身に艶があることをしめしている。
「 ―― こいつはときより、あの『大滝の石』みたいに勝手に動こうとするときがあってな。そういう先走りを『おさめる』ため、たまに《法事》が必要なんだが・・・、こんどのは、なかなかこいつの気がおさまらんようで、センネンがもどるのを待っていた」
ジョウカイが『こいつ』とあごで示し、囲いの中で《浮いて》いるそれは、黒い漆ぬりの鞘におさまる刀だった。
ヒコイチがゆっくりと《囲い》に近づくと、木の棒と見えたのは、見たこともない細長い生木で、見下ろした本堂の床板から、直に生えている。細くまっすぐ上にのびた枝先には、小さな緑色の葉までついており、それが五本、うまく丸を作るように床に生え、その細い幹から幹へと、白い綱をわたされていた。
いや・・・、綱でも紐でもねえ・・・・
さらによくみれば、『綱』とみえたのは、なにやら文字を書いた紙を、綱のように細くよったものだった。
ヒコイチは寒気をおぼえそうな首元をおもわずおさえた。




