おみごと
十四、
カワキタ屋に戻ると、戸は閉められておらず、おトヨの声がしない。
一気にセンネンの顔が白くなり、「おトヨさん!」と怒鳴りながら奥の部屋にかけこんだ。とたんにふすまがあき、あらわれたのはヨシスケだった。
「おいおい、履物もぬがずにどうした?しずかにしてくれ」
首にてぬぐいをまきつけたヨシスケは、センネンの肩を押し戻しながら、マツキチとヒコイチに笑いかけた。
「おトヨがすこし、具合がわるくなっちまって。 悪いが、夕飯はおれとマツキチでつくるんで」
「いや、そりゃかまわねえが、だいじょぶかい?」
心配するヒコイチに、こたえる代りにヨシスケが目で合図をおくってきた。
「 ―― おい、マツキチ、ヒコイチさんの足桶を用意しろ。自分の足もしっかり洗えよ。 センネン、台所に行ってゆうげになにが使えるかみてきてくれ」
子ども二人が不服そうに従い姿が消えてから、上がり框に腰掛けたヒコイチの横に膝をつき、小声で「じつは、マツキチの父親から、とんでもねえ手紙がとどきましてね」と腕をくんだ。
「 ―― マツキチを、『返せ』、なんて言ってきたんですよ」とため息をつく。
「はあ?なんだって? じゃあ、・・・それを読んでおトヨさんは」
「いや、受けとったとたんひどい取り乱しようで・・・。 いまは布団かぶって、おれの顔もみたくねえって」
「え?だって、ヨシスケさん、まさか、マツキチを『返す』なんて、しねえでしょう?」
ヒコイチの半笑いのような顔にじっと眼をそそいだ男は、「もちろん、渡したくなんてねえ」ときっぱり言った。「でもね・・」と外をながめ、息をつく。
「 ―― てばなしたとはいえ、あの男がマツキチの父親であることに変わりはねえ。 しかも、二番目の子どもを亡くして、今は生きる気力もないっていうんじゃあ、まだ生きている自分の子どもを取り戻したいっていう気持ちもうなずける。しかも、あとぞいの女とは離縁したから、返してもらったマツキチを、今度こそ跡取りとして大事に育て上げるって言ってる。 あそこのお店はこれからまだまだ大きくなるだろうし、マツキチはあの歳でもう商才がある。それはやっぱり血筋だろうって思いますよ。 ―― 本当なら、最初からそこで大事に育てられて、商いをどんどん学んで育ってゆくはずだった。それが、とんだ回り道をしたが、同じ場所に戻れるんだ。 ・・・それを、おれたちが邪魔すんのは、間違ってるってトヨに言ったら、ひっぱたかれました」
手拭いをとると、首と顎のさかいめあたりが赤くなっている。
「 おトヨは、マツキチにこんなこと言ったら、あいつきっと考え違いして、おれたちに『いらねえ』っておもわれてるっておもいこんで、自分からすぐ、一番目の父親のところに帰るってきっというはずだ。『あの子をそんな気持ちにさせるなんてできない』ってあばれて・・・。 いや、母親ってのは、みんな怒るとおっかねえや」
「 あんただってさっき、『渡したくねえ』って言った時の顔、父親だったさ」
ヒコイチの言葉に顔を染めた男は、頭をかいて笑った。
「ほんとうに、なんどでも恩にきるよ。ヒコイチさん。あんたと話してると、大事なものがしっかりみえる。 ・・・おれが、マツキチの父親がわりでも、あいつ、幸せですかね?」
「そんなの、マツキチのことみりゃあ、わかるじゃねえか」
ヒコイチがこたえたとき、「なんだよおれのかげぐちかよ?」と、マツキチが湯の入った桶をかかえてきた。
「ほら、ヒコさん、足だしな」
おこったような声のマツキチがヒコイチの足元に桶をおくと、ヨシスケを見上げて言った。
「ヨシ兄は姉ちゃんの顔でも拝んではやく許してもらってこいよ。どうせ、いつもみたいにお得意さんの酒につきあいすぎだとか、窯焼きのじいさんに煮物もっていけとか言われて、兄ちゃんがいいかえしたんだろう?はやく謝った方がいいって」
おれはわかってるというように手を払われ、ヨシスケはヒコイチにうなずくようにわらいかけると、「うるせえなあ。おトヨなんか大福のひとつもみせりゃあ、すぐに布団からでてくるさ」と、わざと大声でいいながら奥へきえた。
ヒコイチの足をふいてやったマツキチがおおげさな息をつくと、困ったような顔をむけてきた。
「・・・なあヒコさん、夫婦げんかってのも、兄妹げんかのときとおんなじように間にはいりゃいいのかな?」
「おみごとだったさ」
にやりと笑ったヒコイチに、自信ありげな笑顔がかえった。




