母猫
ヒコイチは吐きたい息をのみこんで、気楽な顔をしてみせた。
「 よし。 ―― そンならおれは、猫が見つかるまで、しばらくカワキタ屋さんにお世話になるとするか。でも、金がねえからなあ・・・。そうか、そうすると、下働きで返すしかねえか」
「ヒコイチさん?いいのか?」
こどもらしく喜んだ顔があがった。
「あたりまえだろ。センネンさんが、ずっとお寺をはなれるわけにはいかねえだろう? おれがいて、すこしは心強いっていうならいいんだがよ」
そのとき、どこからか、ミャアオウ、と甘えるような猫の鳴き声がした。
むこうの家の塀の上から、真っ白な猫が二人をじっとみおろしている。
「 あれ、・・・こいつ」
ヒコイチの長屋に出入りしている白猫に似ているが、ほかの白猫と見分けがつくわけもないので、ただ色が同じなだけか、とおもいなおす。
猫はもういちど、ミャアオと鳴くと、すとんとおりてゆっくりと歩きだしたが、こちらを振り返ってとまった。
「ヒコイチさん、知ってる猫か?」
さすがにセンネンもその動きの意味を考えたようだ。
「 『知ってる』かどうかはわからねえが、とりあえず、・・・よばれてみるか」
寒気をおぼえていないから、それほどおかしなことにまきこまれることはなかろうと、猫のあとをついて歩き出した。
猫はときおりこちらを認めるように何度かふりかえり、先を行く。
もう、まちは終わり、あとは街道がのびるだけになるという淋しい場所までくると、猫は脇の田んぼのあぜ道をかけだした。
「おい、まて!」
センネンの声に振り返りもしない猫は、あぜ道のつきあたりにある大きな石を蹴ってとび、田んぼをまわったむこうにある古い納屋の壁板にあいあた穴から、中へときえた。
あとを追って納屋の戸をあけたヒコイチとセンネンをまっていたのは、黒猫は黒猫でもミャウミャウと鳴く子猫で、他にも白とブチの子猫がいる。
白猫はヒコイチたちのまえで、その子猫らに乳をやりだした。
「 なんだよ。おれたちゃ、その子どもの父親にはなれねえよ」
ヒコイチは、夕飯にしようと残しておいた握り飯を、母猫の頭のちかくにおいてやった。
センネンと笑い合って道を戻ると、マツキチと落ち合う場所へといそいだ。
待っていたマツキチは話しをきくと、追うのは白猫じゃなくて黒猫だぜ、と顔をしかめてみせ、自分はお得意さんから黒猫のよくでる場所をききだせたと絵図をとりだす。
「さっそくいってみるか」と町の一点をゆびさすこどもは、今日中にも見つけてやろうと腕をまわした。
センネンと目を交わしたヒコイチが、「ああ。だけど、じつはなぁ・・・」といいにくいことであるように、声をおとしてつづけた。
「・・・おれも一度、お寺に戻らなきゃいけねえことになってな。あと、ヨシスケさんにもお願いしなきゃあならねえんだが、おれア、しばらくカワキタ屋さんで下働きしながら、世話になろうかとおもってるんだが」
この言葉にマツキチが大仰に両手をひろげ、詰め寄った。
「ほんとか!?なんだよ、ヨシ兄はいいって言うにきまってる。商いに人手がもう一人ぐらいほしいって、いっつも言ってんだ。ほら、おれがまだ、そんなに役に立つ歳じゃあねえからよ。体がセンネンくらいでかけりゃまだよかったんだけどな」
「体がでかけりゃ役に立つとはかぎらねえだろ。おれは、坊主として役にたってんだよ」
子どもふたりがなかよくけんかするのを眺めながら、それなら今日はひきあげようとヒコイチがいって、帰途につく。
陽が傾きだす前に峠の手前にさしかかると、むこうから二人づれの男がなにやら大声で言い合いながら近づいてきた。
「・・っていうのに、ほんとうにたちが悪いよ」
「いや、でも、金のことは言ってはおりませんし」
「ほかに理由があるかい?きっといまごろ、そろばんはじいてまってるさ」
「じゃあ、また行くんですか?」
「はん。わたしらが行っても話しなんてきかない、・・・」
こちらに気づいたように男たちは口を閉じ、うつむくようにしてせまい道ですれ違っていった。
しばらくしてからマツキチがくつくつわらいだし、「きっと《窯焼き》のじいちゃんのことだぜ。タキチじいさんはひどい偏屈だから、ヨシ兄としか商売しないんだ。 どこかのあきんどがいきなりきたって、話しもきかずに追い返すし、弟子に塩まかせるんだ」とヒコイチをふりかえる。
「そうかい。そのじいさんは見る目があるな。ヨシスケさんに商売をまかせるなんて」
「まあな。おれも、そうおもうよ」
すこし照れたように、でもほこらしげにマツキチはこたえ、「いまの、ヨシ兄には言うなよ」とセンネンに念をおおすのを忘れなかった。




