順がちがう
代わりのように、センネンが続ける。
「こいつ、バカなもんだから、旦那さんたちが亡くなったから自分はもうカワキタ屋にはいられないから弟子入りさせてくれって、師匠に頼みにきたんだ。もちろん断られて、おトヨさんに尻たたかれてつれもどされたけど」
「バカはおまえだ。いいか、おれの弟子入りを断って心が痛んだから、ジョウカイはいまだにカワキタ屋のことを気にかけてるんだ」
「うちの師匠はそんな心のせまい男じゃねえよ」
センネンはあきれたように握り飯にかぶりつく。
「それは、 ・・・まあ、そうだな。 おれの一番目や二番目のおっとうよりは、心はひろい」
うなずいたマツキチは、手に残っていた握り飯を開けたおおぐちへほうりこんだ。
一番目、二番目?
「二人いるのか?」
二つ目の握り飯にくいついたヒコイチがおもわずききかえすと、うなずきながら飯をのみこんだマツキチが、指を三本たてた。
「 一人目はおれのほんとのおっとうとおっかあ。あるお店の旦那とおかみさんだ。でも、おれが生まれてすぐおっかあが死んじまって、おっとうはひとりで赤ん坊は育てられねえから、すぐ次の嫁さんをもらった。そしたら、すぐに男の赤ん坊がうまれた。 で、旦那には同じ商売をしてる弟夫婦がいて、そこがずっと、こどもができねえ。で、弟は兄貴に、一人養子でほしいって頼んでみたら、あっさり《上のほうの》子どもをくれた。それがおれだ。 すぐに弟夫婦にもらわれて、四つまではものすごくかわいがられてたのに、五つになるころに弟夫婦にほんとの子どもができた。男の子だ。そうしたら、もういいや、ってんで、おれを兄夫婦に返すことにした」
「 かえ、 すうウ?」 のみこもうとした飯が喉につまるかとおもった。
「でも、兄貴のところにも、いまの嫁さんが産んだ立派な跡取りがいるし、今さら死んだかみさんが産んだ子供なんて、ってことで、いらねえよって、断られた。だけど、弟夫婦だって、直に血を分けた子どものほうに店を継がせたい。でも、長男に継がせないと世間体が悪い。 で、死んだおっかあの兄貴、カワキタ屋のカンジュウロウに、おれの具合が悪くて空気のいいところで療養させたいから、そちらでひきとってくれ、って手紙をつけて、体よくおれをカワキタ屋におしつけたのさ」
センネンは何も言わなかったが、なにかいいたげな眼をマツキチにおくり、それを受けてわらった子どもはつづける。
「おれはいきなり知らねえ家に連れてかれ、今日からここがおまえの家だなんて知らねえ大人にかこまれて、大泣きだったよ。 だけどよ、知ってたんだ・・・。もう、おれが家でいらないっておもわれてるって、なんとなくわかってたよ。弟が生まれてからおっとうもおっかあも、赤ん坊に夢中で、でかけるのも三人で行っちまうし。夫婦で楽しそうにしてるとこにおれがいくと、急に楽しそうじゃなくなるし・・。何度か『いらない』って言葉も聞こえてきたから、そのたびにいい子になろうって思ったさ。まあ、無理だったけどな。おれはどうやら、《行儀が悪くて、乱暴で、商人にはむかない》らしい」
「何言ってんだ。ヨシ兄が、おまえは商人むきだっていつも言ってるし、お得意さんにもほめられるじゃねえかよ」
センネンの怒ったような言葉に首をかたむけたマツキチは、「そりゃ、にいちゃんみたいな商人に毎日叱られりゃ、それらしくなる」と、口をとがらせた。
「 ―― 『カワキタ屋』さんは、ヨシスケさんといい、おまえといい、跡取りにめぐまれたな」
ヒコイチが胸につかえた飯をお茶で流し込んで言うと、マツキチは驚いたようなかおをむけてきた。
「おれ・・・すこしはカワキタ屋の力になってるかな?」
自信なさそうな眼で問うてくる。
「おいおい、マツキチ。おまえらきょうだい三人とも、『カワキタ屋』のためにここにいるんじゃねえだろう? おまえら三人がカンジュウロウさん夫婦の子どもで、三人が《きょうだい》で、そのうえにある『カワキタ屋』っていう商売だ。 ―― 重さの順序が逆だろう?」
ヒコイチの言葉に、ぽかんとしたマツキチが、こわごわと口をあけた。
「 ・・・そ、うか・・・、 あ、うん。 えっと、そうだ。 おれ、・・カワキタ屋に初めて来たとき、旦那が・・・新しく《おっとう》になるって人が、なんだかすごく怒ってて、おれが泣いたら、怒ってるおっとうのことを、おっかあと姉ちゃんが叱り始めて。おっとうがあわてておれに謝ってさ。おれ、おかしくってすぐわらっちまった。あんとき、おっとうが怒ってたのは、一番目と二番目の親のことを怒ってたって、ずいぶんたってから姉ちゃんにきいたよ・・・」
死んだ妹が産んだ子どもは、嫁いだお店で大事に育てられているとカンジュウロウは思っていた。自分がおいそれと様子を見に行けるようなお店ではないし、ときおり出す手紙に来る返事にも妹が亡くなってからもマツキチは跡取りとして大切にしているとしるしてあった。
「 ―― ・・・おっとうは、おれのこと、弟夫婦に養子にだしたことも知らされてなかったんだ。噂はきいていたけど、長男のほうが出されるなんて思っていなかったって。それよりも、自分の子どもをなんだと思ってるんだ。まるで、お店にいるかいらないかで仕入れる品物みたいに扱うなんて、って。おっとうは、おれのために怒ってたんだ」
どこか胸をはってヒコイチに《おっとう》の思い出を語るマツキチに、センネンは指にのこった飯粒をなめてうなずいた。
「 カンジュウロウさんは最後までしっかりしたいい親だったんだ。 『旅籠なんてやらなくていいから、売り払った金でどこかに移り住むといい。亡くなったことはヨシスケにはすぐ知らせるな。あいつはバカだから、きいたらすぐ戻ってくるだろうけど、もうお店の中で手代として信頼もあるのだし、あっちで自分の商売をはじめたほうがあいつのためになる』ってこども二人にしっかり言い残した。 だけど、おトヨさんは親の残した家を出る気はなかった。 で、カワキタ屋さんがまだ旅籠だと思って泊めてもらおうとしたうちの師匠が、前に世話になったカンジュウロウさんが亡くなったのを知って、それからいろいろカワキタヤさんに出入りするようになったんだ。 そしたら、半年もしたころ、カンジュウロウさんが亡くなったのを知った行商人の誰かが、まち中でたまたま会ったヨシ兄に親父さんが亡くなったことを伝えてしまって、あわてて帰ってきたヨシ兄は、知らせなかったおトヨさんにおこって、そこに居合わせたうちの師匠を殴ろうとした。 でも、おれより先にマツキチがとびついて叫んだから、ヨシ兄もわれにかえったんだ」
おれのせいだ!おれがここにいたいって、もうどこにも行きたくねえって言ったから
ねえちゃんはここにいて、にいちゃんに助けてくれっていえなかったんんだ!
「 ・・・そりゃあ、ヨシスケさんのきもちもわかる。なンにしろ、・・・自分の親が死んだことを半年も知らされなかったんじゃ、おこるでしょう。 ―― おれだったらまっさきに、帰った家にいる怪しげな髭面の坊主を殴る」
ヒコイチの言葉に、ふたりの子どもはうれしそうに笑った。




