うれしくて
十二、
朝にはすっかり雨もあがり、きれいな青空がひろがっていた。
ゆうべ、あれからすぐにマツキチとセンネンが腹が減ったと言いながら囲炉裏端に戻ってきたので、おトヨもヨシスケも何事もなかったように振る舞い、結局みんなでいっしょに飯を食い、ヒコイチだけがまだ客扱いで、一番風呂に追い立てられ、さっさと床につくことになってしまった。
だが、二階にある客部屋で、ヒコイチといっしょにねることになったセンネンが、行灯の火を消したあと、「ヒコイチさん、ありがとな」とつぶやいてきたので、座りなおした。
「 ―― センネンさんは、ここの旦那のカンジュウロウさんを知ってるのかい?」
布団をのけて起き上がったセンネンンが、「会ったことはないよ」とこたえる。
「お師匠がむかし世話になったって、ことぐらいしか、しらない」
「へえ。それで、旦那たちが亡くなってヨシスケさんが戻るまでは、ジョウカイさまがトヨさんとマツキチの面倒をみてたのかい?」
「まあ、ここの旅籠の権利とかを他に売ってやったり、残ってた借金とか、もらいそこねてた代金とか、とにかく、女とこども相手だと、なめられるだろう?いろいろ」
わかるだろう?というように目をむけられ、この小坊主が世の中をよくしっているのに驚きながら、うなずくしかない。
「・・・いや、しかし、ヒコイチさん。あんたやっぱりすごいな」
障子越しにさしこむ月明りの中、センネンがこちらに身をのりだす。
「 うちの師匠は色恋にはうとくって、あの二人のこともぜんぜん手出しできないままだったのに、ついたなり、一気に話をもっていくなんて」ほんとうによかった、などと、どこかの面倒みのよい隠居のようになんどもうなずいた。
「いや、ジョウカイさまは、お坊様なんだから、『うとくって』当然だろうが」
わらってこたえると、センネンが腕で顔をこすったのがみえた。薄い光の中、目の下がぬれているのがわかる。
「ど、どうした?あの二人のことが、そんなにうれしいのか?」
いささかおおげさすぎないか、という気持ちできくと、袖で顔をぬぐった小坊主が、「うれしいさ」と小声で答える。
「 ・・・人の世は、うまくいかないことが多すぎて、いつも悲しんだり怒ったりすることのほうが多いから、こんなことがあると、うれしくて、 ―― 泣きたくなる 」
なぜかその声には怒りをおさえこんだような気迫があった。
小坊主ではなく、ある程度の修行をおさめた坊主のようなものいいに、おもわず目をみはると、それに気づいたように、力をぬいたセンネンが、「おお、さっむい」とごまかすように布団にもぐりこんだ。




