カワキタ屋のカンジュウロウ
「 え? そんなに歳がはなれてるんで?」
おトヨとヨシスケはせいぜい二つ三つの違いで、トヨが年下にしかみえない。
「あら、ヒコイチさん、わたしのこと、いくつだとみてるんです?」
「いやだって、ヨシスケさんはきっとおれより歳は若いだろうし、おトヨさんが九つ上の姉さんだとしたら・・・ いや、それでも・・」
おトヨの顔をみてヒコイチが慌てる様子に、トヨとヨシスケが同時にふきだした。
「意地の悪いなぞかけですよ。おれが十になったとき、おトヨがうちにきたんです。そんときもう、九つだったってはなしで」
「 あ。ああ、そういうことか・・・。おトヨさんは、じゃあ、」
「親戚でもなんでもないですよ」
ヒコイチの先手をうつように、トヨがぴしゃりと言い切った。
「あたしが、売られそうになってるときに、そばにあった厠にちょうど、カワキタ屋の旦那カンジュウロウさんが入ってて、やりとりを聞いてらしたんですよ」
「 か、カンジュウロウ!? 」
「ええ。ヨシスケさんのおっとさまです。 ―― あたしは産まれてすぐ両親が亡くなって、父親の弟夫婦に引き取られたんですけどね。ふたりともちゃんと働いたことがないような人たちで。十になる前には、もう売られることがきまってました。あのとき、おじさんから人買いに渡されそうになった時に、鬼みたいな顔で厠から出てきた男の人がいきなり二人を殴って、『おまえら役人よんでくるからそこでまっていやがれ!』なんて怒鳴って、あとはあたしの手を引っ張って走って逃げたんです」
ころころとトヨがわらう。
「そのトヨをうちに連れ帰ってきて、『きょうからうちに娘ができた』なんていうんで、おれは声もでませんでしたよ。はじめ、親父の隠し子か、なんてつめよったおっかさんも、肝の据わった人でしたから、ふたりであちこち手をまわしまわって、あれよあれよという間に、おれの妹になっちまって」
「あら。困ったようなくちぶり」
「そりゃそうだろ。十まで何でもおれ一人のもんだったのに、いきなり、全部半分だなんて」
お互いの顔をみて口をとがらせるヨシスケとおトヨを目にしているヒコイチは、どうしてもからかいたくなった。
「へえ。 ―― おれはてっきり、ヨシスケさんが売り物の商売をする旦那さんで、おトヨさんが泊まり客をみる奥さまだと」
これに、二人とも耳まで染めて手をふった。
「だ、だれが、」
「そ、そうですよ!」
「お似合いだと思いますぜ」
「似合いのわけありません」
トヨの堅い声が打ち消した。
「 ―― わたしは、カワキタ屋の旦那様に助けていただかなければ、どうなっていたかもわからない馬の骨ですが、ヨシスケさんは、このカワキタ屋の立派な跡取り息子です。・・・ほんとうなら、奉公していたお店でも認められていて、のれん分けの話しもあったほどなんです。それなのに、・・・旦那様と奥様がお亡くなりになって、わたしとマツキチを心配して戻ってきてしまいました。でも、 ―― 元のお店に戻るのが筋だと思っています。ヨシスケさんは、こんな田舎の商いでおわる人ではないんです」
「おトヨ・・・おまえ・・。だからいつも、おれに大きなまちの商売をみて勉強してこいって言うのか?マツキチが、まちの『絵図』を作ったのは、おれがいなくても、ここの商売が二人で続けられるようにってことなのか?」
「・・・マツキチだって、男の子です」
「まだ、九つだ。 ―― しかもあいつが親父にひきとられたのは五つのときで、それから一年半ぐらいで二人とも死んじまっただろ。マツキチに商売なんてまだ」
「ヨシ兄がここに戻ってから、もう二年たちます。はやくお店に戻らないと、いままで苦労したことが、みんな無駄になって、戻れなくなるかもしれない」
「戻りたいと思ったら、もうとっくに戻ってる」
お互い感情がたかぶってきたのか、ふたりともにらみ合うように見つめ合う。
タン
飲み干した猪口を板の間に置く音が響き、二人ともはっと我にかえったようだった。
ヒコイチを見て、はずかしそうに、そろって頭をさげた。そのようすにもおもわずわらいがもれる。
「だからね。―― 『似合い』だって言ってんですよ。 お互いのことを思いやってるのに口にしないから、すれちがう。 おたがい我が強いから、引き際がわかんねえ。 同じように育ててもらえたのに、恩義で生かされたと思ってる。 相手をおもってるくせに、すこしも相手に届いてねえ。 あ~あ。もったいねえなあ。こんなに近くにいるんだから、はなっから腹割って話せばいいでしょうに。 おたがい、兄妹じゃねえ想いで、大事にしてえ、って。 ・・・そんで、おれは亡くなったお二人の親御さんに会ったことはねえが、旦那さんたちは、おトヨさんのことを、助けた義理で育てたわけじゃあねえと思うぜ。そうでしょ?ちゃんとカワキタ屋の娘としてかわいがってくれたんじゃねえですかい?ヨシスケさんだって、親が残したカワキタ屋を潰しちゃならねえって気持ちで戻ったってよりも、トヨさんとマツキチのことが、ただ心配だったから戻ったんだって、二人に伝えてやらねえと、いつまでたっても、《店を継ぎに戻った長男》のまんまだ。 ―― きっと、いい親御さんだったにちがいねえなあ。カワキタ屋のカンジュウロウさん。一度、会ってみたかったもんだ・・・」
手酌で酒をなめるヒコイチのむこうで、おトヨとヨシスケが手をとりあい、お互いの顔をみつめていた。




