ジョウカイを見限ったマツキチ
がたがたと重そうな戸が引かれてひらき、「センネン、おそかったな」と迎えたのは、センネンの胸ほどしか背丈のない子どもだった。
「 しかたねえだろう。 お客を連れてんだから」
センネンがヒコイチを振り返る。
「 へえ。 ま、あの峠を越えたんならしかたねえか。あんた、無事でよかったな」
おとなのようにうなずいてみせたこどもは、ヒコイチの笠を預かり、軒下にさげる。
センネンよりさらに年下だろう相手に大様にうなずかれ、苦笑いするしかない。
戸をくぐると中はえらく暖かく、ヒコイチはようやく息をついた。
上がり框からの広い板の間には、大きな囲炉裏がある。土間は広く、センネンに足洗い用の桶をだす若い女がヒコイチに頭をさげてから、子どもをにらんだ。
「これ、マツキチ、お客さまに何て口をきくんだい」
ぬれた足をふくセンネンが、自分の濡れた笠をマツキチに放りながら言った。
「いや、おトヨさん、ヒコイチさんはうちのお客だからここのお客にはならねえよ」
「なんでえ。ジョウカイの客か」
笠を受け取ったマツキチがつまらなさそうに言って、軒下にさげにゆく。
「マツ、師匠を呼び捨てするなって、何度言ったらわかるんだ?」
むきになったように立ち上がるセンネンに、「マツキチはジョウカイさまに相手にもしてもらえないから、すねているのよ」と、トヨが笑って声をひそめた。
「すねてなんかねえ。 おれが、ジョウカイを見限ったんだ」
威張ったように言い返すのに、おトヨが吹きだし、ヒコイチも笑ってしまった。
言い返すかと思ったセンネンは、なんともいえない顔でだまっている。
濡れた着物をおトヨに預け、渡された着物に着替えて囲炉裏端でお茶をもらっていると、「おう、センネン、雨にあたったか」と若い男が奥から現れた。
「ヨシ兄、お客は無事だよ」と、ヒコイチをみるのに、「これ、お客さまを紹介するのが先だろう」と男がヒコイチの前に膝をそろえてすわり、「てまえはカワキタ屋の主人で、ヨシスケと申します」と頭をさげた。
ヒコイチよりも若そうな男が『主人』だと名乗ったことに驚きながらも、まちのどこかの大店にいそうなヨシスケの物腰に合点がゆく。
「 いやいや、おれはそんなご丁寧なあいさついただけるようなモンじゃねエんだ。かくばったのはやめてくれ。こっちは流しの商売してるヒコイチってモンで」
これにマツキチがナガシって何売ってんだよ、と身をのりだし、おトヨに着物の後ろ襟をつかまれて、奥へとひっこんだ。
苦笑いするように詫びたヨシスケが代わりにきく。
「『ながし』ってのは、かついでまちをまわるやつで?」
「ああ」
「じゃあ、こんな田舎のよろず商売なんて、わらわれちまうなあ。この辺はうちしか店がないもんで」
「いやいや、おれも似たような商売だ。だいいちこんな立派な家、あんたの若さで建てるなんてたいしたもんだ」
あらためて眺めれば、奥までいくつも部屋があるようで、開け放たれて木箱が積み上がった部屋の右手からヨシスケが現れたとき、その奥の部屋にもこまかい箱が積んであるのが目にはいった。
ヨシスケが笑って顔の前で手をふる。
「 いえ、この店はもともとうちの親が旅籠屋をやってたんですが、病でそろっていっちまいましてね。おれが奉公先からもどって、どうにかこうにか店らしいことはじめまして。ジョウカイさまには世話になりっぱなしで。・・・あの方がいなけりゃ、いまごろ、おれたちそろってこの世にゃいません」
「 ・・そうですかい・・」
ということは、ここは、『この世』のほうなのか。




