カワキタ屋
ほんとうに、《ここ》にいるのか?
ともかく、センネンについて《カワキタ屋》にゆけば、そこでさがしものはみつけられるということか。
いや。 《すごい法力の坊主》に、だまされているだけか
ぐるぐると、まとまらない考えだけが頭の中をかきまわすが、そのまま黙ってセンネンのあとを追い進んでゆく。
水のおかげか、体は軽い。
道は岩場を登るものからごつごつとした山肌に沿う細いものとなり、あたりの木々が減り始め、白い肌の山に変わったなと思ったころ、どうどう、と響く水音が耳に届いた。
「よし、間に合った。《岩切峠》はすぐそこだ」センネンが先を指さした。
空はいつの間にか雲におおい尽くされ、冷たい風が強くなっている。
すすむ山道は心細くなるほどせばまり、いまでは岩肌をけずってどうにか作ったようなものになっている。
体を寄せ伝う右手の白い岩肌は、どこも切りおとしたようにまっすぐで、つかめるようなでっぱりがない。 のぞきこんだ左足のむこうには、木も生えずに下まで続く切り立った岩肌がみえる。
それでも、センネンが言った。
「この辺までは、落っこちても運が良けりゃ下でかさなった岩場にひっかかって助かることもある。でも、あのあたりからは下がすぐ川になるんだ。落ちたら川にのまれて、もう助からないさ」流れが激しく浮いてこられないんだよ、と見えてきた川をあごでさす。
川をはさんだむこうがわにみえる山も、同じような白い岩肌で、そこに細い道がへばりついているのがわかる。その間を流れる川は、谷底をゆくように幅もなく、激しく白波をたてて流れているのがわかる。
「今は水の量が多いから見えないけど、川の中には山から転げ落ちた岩がたくさんある」
「それで、落ちたら浮いてこれねえってわけか」
ヒコイチが言ったとき、笠に水があたる音がした。
どうにか本降りになる前には《岩切峠》を越すことができたが、降りはひどくなってきた。
山肌をつたうような道から、また木々のふえた普通の山の中をゆき、足場も土の道になる。
しげった木々のあいだの道が下がり始めたとき、枝と枝とがきれた合間に、白くのぼる煙が見えた。
雨足は強く、着物は重くつめたい。
「 思ったよりよく降ったなあ。まあ、どうせこのままカワキタ屋さんに泊まってゆくから、着物の心配はいらないさ」
「ああ、カワキタ屋さんは宿屋なのか」
うなずいたヒコイチが着物の袖をしぼると、センネンが「よろずやだよ」と笑った。
「 ―― 人を泊めるし、むこうにある村に、炭と山で採れた食べ物を売りにゆくし、頼まれたものを取り寄せたり、代書したり。ここから離れた町にも商売しに出て、いろいろやる」
「なるほど。そりゃあ手びろい」
なんとなく《元締め》を思い出す。
ようやく煙をだしている小屋がみえた。小屋の少し離れた場所には、こんな山奥には不似合いな、しっかりとした大きな造りの家が建っていた。
「 こりゃすげえ 」
ヒコイチの言葉になぜかセンネンが嬉しげに、「そうだろう」とうなずく。
雨がしのげるほど張り出した軒にはいり笠をとると、閉まっている木戸をたたき、「カワキタ屋さん、センネンだ」と大声をだした。




