雨の前に峠越え
十一、
センネンは道のない山を猟師のようにのぼってゆく。
流しで商売をするヒコイチも足腰には自信があるが、こどもの足は、はるかに軽くはやい。
「おーい、センネンさんよ。ちょっとまってくれ。こんなところではぐれでもしたら、おれは山から出られねえ」
先をゆくセンネンを見上げたヒコイチの情けない声に立ちどまり、笠をあげたこどもは、「それもそうか」と空をみあげ、「でもなあ、ヒコイチさん」と、困った顔をしてみせた。
「雨が降る前には峠を越しておきたいんだよ」
「雨?」
みあげた空は青いままだ。
「夕方前には降ってくる。それまでに、『岩切峠』は過ぎておかないと。寺からまちにでるには、そこを通らないと行けないんだ。あの峠は足場が悪いから、雨が降ると滑って落ちるかもしれないし」
「そうかい、わかった。じゃあ、そこまでは、ふんばるさ」
ほんとうに雨など降るのかとききたかったのだが、空模様を心配しているセンネンの様子と、いきなり名前を呼ばれたせいで、つい、やせ我慢のような言葉がでた。
「でもあんたは商売がら足腰は丈夫なようだから、息のしかただけ気をつけるといいいよ。あと、この水を飲むと楽になるから」
センネンに差し出された竹筒に口をつける。寺の庭に湧いている水だろうそれは、からだの隅々にしみわたるようだった。
息をつくついでにきこえるように聞いた。
「 なあセンネンさん。 ―― あのお寺さんは、ずっとおんなじ所にあるのかい?」
「なんだよ、あんたが運んだ石じゃあるまいし、寺が動いたりするもんか」
笑いながら竹筒をとりかえしてあおると、さあゆくぞ、とまた歩き出す。
寺が動いたりするわけねえのなら、石をとどけたヘビの住職がいる寺も、ジョウカイたちのいるあの寺もいっしょということか。たしかに、新しく建てるにしたら、そんな峠を越さずにまちに出られるところにすればよさそうだ。
まてよ・・・
センネンは『ここは、あっちとこっちをつなぐ寺』だといった。師匠であるジョウカイを『あの世もこの世もおなじようにわたってきた《つわもの》だ』とも。
それならば、もしかすると、今いるこの場所が、いわゆる『あっち』ということか?
この身は生きたまま『あの世』にきているのだろうか?
だとすると乾物屋は?あの、猫の姿でなく、じじいの姿でいるのか?
いや、そもそも成仏していないのだから、『あの世』に乾物屋はいないのか。
それともやはり、一度は死んだのだから、なにかのカタチで、ここにいるのか?
ジョウカイは乾物屋を、『さがしだしてつれてこい』と言った。そしてそれは、ヒコイチがおもうよりも『手間がかかる』とも。
つまり、ヒコイチが良く知る『場所』ではないここで、どうにか乾物屋をさがしだせ、ということか・・・。




