どなたさま
九、
なんだってんだ
一段ずつ足をかけてゆき、心の中で舌をうつ。
さきほどから一段のぼるごとに、脇にある竹が、青い色をなくして白くなり、ヒコイチがのぼったあとの石段を、音もなく倒れふさいでゆく。からだはいうことをきかず、のぼることしかできない。
腹が立ってきてむきになってのぼった石段は、もっとながいはずだのに、いつのまにやら一番上までのぼりきってしまった。
このまえあった寺らしい門をくぐった記憶はない。
だがそこにはもう、あの石を届けた庵があり、前よりすくない草花がしげり、庵の竹垣のむこうには、水の湧く、あの小さな池もあった。
いや・・・、ちょっとまてよ。
よくみれば、目の前の庵も庭を囲う竹垣も、むこうにみえる本堂も、このまえみたときよりも新しくみえる。本堂の屋根など葺いたばかりのように、濃くあかっぽい黄金色に輝いていた。
「どなたさまで?」
急に声をかけられ、右をむく。
竹垣のむこうから顔をだしたのは、背の低い年寄の住職ではなく、丸い目をむけ、頭の剃りあとも青い、十五、六にみえる小坊主だった。
「 あ、 あの・・ご住職は、おいでで?」
むこうの問いに答えることなく出したこちらの問いに、小坊主はすこし眉をしかめてから、「そちらさまは、どなたさまで?」ともう一度聞いてきた。
「ああ、こりゃすまねえ。 おれは、あの、先日こちらさまに、『ありがたい石』ってのをおさめた、ヒコイチってモンなんですが、ご住職は?」
はやる気持ちをおさえながら一歩ふみだすと、竹垣から顔だけだしていた小坊主が、するりと体もだしてきた。
「『ありがたい石』だって?」
こちらをにらむようにして近寄ってくるその身体は、顔に似合わず大きくて、ヒコイチよりも上背がある。
「 ははあ~。その、『ありがたい石』の金をもらっていないから、よこせというんだな?おまえ、どこの狐だ?」
街の医者のような筒袖を着た小坊主は、なぜか袖をまくってヒコイチにつめよった。
「・・キツネ?」
「狐でなくて狸か?いや、狸なら師匠にじかに会いに来るものな。やはり狐だな?おれならまただませると思ってやってきたのだろう?」
ずいとつめよる小坊主になんと言おうか考えて数歩下がったら、どん、と背中に何かあたった。
「これ。センネン。おまえはまだケモノとヒトとの区別もつかんのか」
ヒコイチの背中に当たった大きな男が、太く響く声を小坊主になげ、ヒコイチに身をこごめて、「ごぶれいつかまつった」などと古い言い回しで謝った。
近くに人の気配などまったく感じなかったヒコイチの耳の奥が、声にあわせてじんじんと鳴っている。
あのときとよく似た、低く通る声。
大柄で陽に焼けた坊主だった。
ヒコイチより歳は上だろうが、元締めよりはずっと若い。すりきれたような着物は汚いというよりも、古ぼけている。チョウスケの言った杖などはもっていないが、懐には水晶の数珠があるのかもしれない。
だが、たしかに頭は剃ってあるが、伸びた無精ひげがだらしがない。
どうにも、すごい法力をもっているようにはみえないが、声をきいた頭の奥がまだ、じん、としている。




